県境
山人

十数キロ走ると県境となる
トンネルの中心を境に、向こう側にいけるのだった
県境は六十里と呼ばれ、霧があたりを覆いつくしていた
前線に覆われた列島だったが、ここ数日は安定しているという
登山口には誰もいなく、カード入れが少し傾いていた

整った衣服、顔立ちのそれぞれの女たちは車から下車し
あたり障りのない会話を放ち、別れた
なにかに左右されるでもなく、あちらとこちらを見極めた女たち
生活を静かに引き出しに仕舞い、豊かさを綺麗に振り分けて
日々を入念に紡いできたのだろうか
自我を見つめ、誰よりも己を愛し、時間を積み上げてきたのだろう

細身の女たちと鮮やかな雨具をサイドミラーで眺め
大カーブを曲がる
もう後部座席に女たちの気配は失せている


二級国道の脇には大手電力会社の巨大な送電線が連なり
その下には、どうしようもないほどの緑色のススキの群落がひしめいている
かつて、その斜面を初夏の熱波に照りだされ
私たちは無言で労働した場所だった


あの草は私だ、あちらの草の塊も私
あちこちに私のようなものが点在していた
草のように刈られ、再び発芽し、生きているだけだが死んではいない


次第に峠のS字カーブは下降し、直線道路に差し掛かるころ
幾日か続いた雨の影響で川はうっすら濁っていた
間欠ワイパーの間隔を少しだけ広めにとり
濃い、雨で立体的となった緑の彩を
私は眺め、車の律動の中に沈んでいった



自由詩 県境 Copyright 山人 2019-07-01 07:25:48
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