内出血
ただのみきや

  光に眩む草刈りの
  発動機の音
  青々とした虚無に吸われて
  日めくり捲る孫の手中
  また皆殺しの夏が来る


「頭のいい憂鬱はよろしくない 理屈っぽいのは特に
「そんなやつにはうわの空で適当に相槌打って

「理屈っぽい空元気には寝たふりだね

「憂鬱に長けた人は歓迎だ いっとう酔狂を演じよう


  言葉に仕草や息づかいを与えるのは人
  言葉に息を詰まらせ声を荒げるのも人
  言葉に手綱をかけようとして義父さんは
  言葉に蹴られて死んじまった


「つまらない買い物をしたな

「おれにとっては価値あるものだよ

「つまり見方しだいって訳か

「他人に決めてほしいって奴もいるよな オークションみたに

「結局は疑ってしまう 誰に何を言ってもらおうと

「梃でも動かないってか おまえ まあやせ我慢にならなきゃいいが

「最高のフィクションは最高の人生に勝る そう確信しているのさ

「面白過ぎて恐いのか怖すぎて面白いのか

「地続きなんだよ肯定も否定も
「揺れ動く海に隠されて深いところじゃあ北極と南極だって繋がっている
「むしろ相反する極み同士こそ隣り合う肌感覚一枚の間柄なのさ


  水筒のパッキン一つ付け忘れ
  カバンもシートも濡れた日に
  枯れ井戸から琵琶の音のさわり


赤い△が止まれと命じる
空虚な舞台
赤ん坊と抱っこ紐の母親が上手から登場
枕木しかない吊り橋を踏み外しながら
舞台中央 立ち止まってふり返る
もう一人の子の名を呼ばわって再び歩き出し
下手へ退場

小走りで幼児登場
幼児は何もない所で見事に転倒 まったく自然体の天才子役
見るものをヤキモキさせながらなんとか下手へ

今度は下手奥から老人が斜めに長く距離をとり登場
靴のサイズと思しき歩幅のすり足でゆっくりだが
急いでいるのが伝わって来る燻し銀の名演技
一見なだらかに見える川を渡りは始める
真っすぐ前だけ見てあえて狭く焦点を絞るように脇目は振らない

そこへ観客席から中学生の自転車が容赦のないスピード
舞台に飛び上る 見る者みなギュッと力が入る

すかさず右折の黒ナンバー軽ワゴン あわや衝突かと思いきや
――ギリギリで停止
ウィンカーの規則正しさが心なし早くなっていくような
イライラと貧乏ゆすりのようにも見えるドライバーの演技力に
呼応するような 一切前しか見ない老人

そして老人をかすめて
半紙からはみ出してしまい元気がいいとしか褒められない
お習字みたいに大きな孤を描いて走り去る自転車は舞台の奥
老人は上手に消え 車は下手へ

すかさず数台の車に乗っていた観客も△を越えて舞台の奥
幕と幕間を破りながら時間はトップギアー
日常の即興劇
鑑賞者は役者でもある


  意味を追うな
  意味は後から滲み出る
  打ち身のよう
  言葉にではなく心に

  夢は言葉になって死ぬ
  言葉は夢になって解放される
  蛹が蝶になるように


本当はただ酒を飲んでいたい日曜日


  人のからだはかな文字のよう
  オノマトペがしっくりくる
  漢字熟語は鉄兜
  サイズが合わないと最悪だ


  梢のカラスの潤む目は
  捲れど捲れど曇り空
  鳴き声真似て子供らが
  石を放って笑います
  ひとりは瞳を失って
  ひとりは耳を失った
  腹を裂かれた青大将
  つわりの母の膳に乗せ


塀を越え
歩道に身を乗り出し微笑む薔薇に
怒る者もなく
色香に迷う蜂たちに交じり
そっと顔を近づけると
家の窓から女が見ている
美をすべて薔薇に吸い取られたかのよう
黴臭い古本のように
カーテンは閉ざされた
美しいもの香しいものに
魂は寛容で肉体は依怙贔屓する
幸も不幸も肴にして
飲み続ける自分のいのちを一滴まで
空虚へと捧げられた一皿の生肉
腐敗への道すがら
聞こえるのは


  風が閉ざす扉の音




                《内出血:2019年7月1日》














自由詩 内出血 Copyright ただのみきや 2019-06-30 14:43:09
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