スペクトル
DFW
六月の夜の街で 通りすぎるはずの弾き語りに足をとめて
どうするべきか戸惑いつつ 疎らな聴衆の背後に加わり耳を傾けた
酔っていたせいかもしれない
気持ちのいい風が吹いていたからかもしれない
金髪をなびかせてアコースティックギターを爪弾く彼女は 透明を震わせて雪を解かす冬の川のように澄んだ声を
孤独で憂いを帯びたメロディーに 乗せて ' 答えなどない というフレーズを 夜の街にリフレインさせる
彼女はこんなにも儚く歌っていいのだろうか
答えなどない ' という答えを奏でることは彼女にとって答えではありえない事実を 一瞬言葉よりはやく届けられる声が路上にすっと染み渡ることで証明している
断定は答えを欲望する、或いは密かに答えそのものを誘惑している、言葉に言葉を重ねるわたしは路上の片隅で行き詰まり借り物の回路に逃げ込むほかなく
彼女を囲んで穏やかに揺れる半円と足早に通りすぎる直線の間に繁殖する宿命的な亀裂を癒す巨人のように街路樹が風に吹かれている いづれにも属さずに
しかし彼女にはわずかな隙間さえあればいい
彼女は半円の中心にあるにも関わらず そこから微かに身を引くことで コードをコードから引き去りながら わずかなうしろめたさも感じさせずに限りなく透明な声を六月の夜の街に響き渡らせて 答えを見捨てるような表情でつめたく澄んだ通路から答えを逃がすような 光の震えのほうに導くような歌声をその場所に優しく発生させている
儚さのゆくえに答えをさがしてわたしは問いをみうしないつづける
薄手のスカートをオーロラのように揺らし 流星のような指先で弦を弾く彼女は 束の間 せわしない街の流れに現れてはやがて消えていくイノセンスそのものなのだとわたしは想像する
六月の夜の街で 彼女が歌い終えるまえにその人だかりを後にした