歩行器とロックンロール
服部 剛

ロックンロールを聞くために
玄関先の石段に腰を下ろして
鞄から引き出した
ディスクマンのイヤホンを、耳に入れる

陽炎かげろうゆれる向こうから
小柄な婆ちゃんが
歩行器に寄りかかり
ゆっくり歩いてくる

――こんにちは

――やあね、こんなに暑い五月で
  九〇の体には、苦しいわ
  よぼよぼな自分を
  ぶったたいてやりたい
  はやくお空の上にいきたい

――いやいや…お婆ちゃん
  我が家の可愛いけれど、手のかかる
  手のかかるけれど、可愛い息子を
  がんばって育てる嫁さんが
  あなたの歩く姿に
  励まされているんです

――あらそうなの、坊っちゃん元気?
――今日も笑顔で支援学校に行ってます!
――あらそう…よかった
――暑いから、水を飲んでくださいね

――ありがとう

陽炎ゆれる向こうの
古い平屋の待つ方へ
くの字の腰を少し伸ばす婆ちゃんの後ろ姿
ゆっくりゆっくり歩いてゆく

ロックンロールを聞くために
僕はディスクマンの再生ボタンを、押す
鞄に入れて 立ち上がり 歩き出す 

川の方から吹いてくる
初夏の風に呼ばれるまま
目指す
今日の駅へ続く道を  






自由詩 歩行器とロックンロール Copyright 服部 剛 2019-06-06 23:20:44
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