音叉
ただのみきや

 *

川沿いの萌え木はふるえている
見えない愛を実感したくて
目を閉じて 身をゆだねた

 雨の弦 爪弾く眼差し

貝殻を拾う仕草で
またひとつくぐる風の裳裾
昨日も今日も 
 ひとつの旋律
光を受けて 透き通る 孤独な音叉
  いくつもの歌詞に身を変え添い寝して

散らして散り尽くす 実も残さない花弁に
顔を埋めて 息を止め――
     血管を遡上する棘魚
       美しく白痴化して
         擬音すら寄り着かない廃屋

月は半眼 色濃く 影を添え

黒い雨が降る 前景へ わたしの背景から
無数の
  コールタールの瞳 
     夜を失い 脆く石化する幽霊たち


 青い夢のイソギンチャク
無数の白い手を振っている
すがるように 祈るように なにも
 つかめない 蛭子の手

一つの絶対の 仮定の座標へ
   小さな舟が旅立った 星々の 末席へ
     
闇の向こう幻の梯子を上る 靴音が響くと
青白い手たちは追いすがった
  それともただ惰性で揺れていたか


 レクイエム 雨は 目が失くした声
信号から滴った血が青く燃え上る

自死などなく誰もが死の卵として在り
糖衣に包まれた現実の苦さと効用に痺れながら
ひとつの破裂する謎々として
スズメよりも震えている
爽やかな朝と呼ばれるであろう
           地獄への渡り廊下で

口いっぱいに死んだ詩人たちの歯を含んでいた
真っすぐにあの塔は倒れて来るだろう
  何時何分の位置だろう時がわたしを捕らえるのは



 **

木漏れ日を蹴って子供たちが往く
キャンディーの包み紙を纏い
静けさは若い母親たちの話声
 過ぎ去る車
遠く 千切れ飛ぶ旗のような 海
       かもめの見つめる場所

 時間は祈りはしない
運命の回りくどさに
亀のように生きたから
鳥のように死にたかった
 誰も見ない
 ビルとビルの隙間
タンポポが綿毛に変わる
    光は見下ろし 風は手を取った

心臓の音ではない
魂が出口を求めて激しく壁を叩いていた

母子像の癒着を見つめている
暗がりから
朱鷺のような眼差し
自由の目録を得て もう飛びそうもない
口先だけが出かけて歩く
お百度参りに酔い痴れて
いつでも白刃取りのつもり
 混ぜ返す引き出しの奥から
  長い 女の髪
   論じるくらいなら
  子供の遊びに立ち返り
   あなたの爪先に触れていたい
        小さな銀色の爪切り
          音叉のように 冷たく燃えて


 

               《音叉:2019年5月26日》







自由詩 音叉 Copyright ただのみきや 2019-05-26 15:06:20
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