トゥルー・ソニック
竜門勇気


比喩じゃないんだ
信じてくれ
真っ青な草が生えた丘を見た
八月の初め頃の話だ
僕は何もかもが嫌になっていた
(よくある話だ)
家のドアを蹴飛ばすように開けて
外に飛び出した

すでに世界の終わりのような頭痛が始まっていた
世界一便利な通販で
プラスチックのペットボトルに入ったウィスキーみたいなものを
頭の中まで緩むぐらいにぶち込んで
二時間ほど寝てまたぶち込んで
五リットルのうちもう残るのは
赤ん坊すら騙せないほど
僅かにそこにあるだけだったから

世界一便利な頭痛は
すでに世界の終わりの通販に
プラスチックの底に残ったウィスキーみたいなものを
認識しないみたいだった
幻覚みたいなものほどマジなんだ
人間のものまねをしてるんだ
甘い香りがした
夜の証だ
世界中の馬鹿どもが一人残らず風呂に入っている
馬鹿じゃない奴らは?
わかるだろ?死んじまったよ

僕は取り乱した
夜?なぜ?
なんの根拠もない
感覚が今を昼間だと思わせる
家の前にトラックがとまって
竜門さんですか?
僕は彼にはなんの恨みもなければ
因果もなんにもない
そんだけだ

トラックは走る
なんて沢山の荷物
素敵でムカつく代物さ
罪深さは時々認識する
誰かが教えてくれもする
テレビとか

今、誰もが僕を見ている
それが一番どうでもいいこと
次にどうでもいいのは
この旅が終わったあとに起きること
最初に大事なのは
このトラックはクソほどタバコ臭くて
それはいいけど
僕のタバコの臭いじゃないこと
次に大事なのは
ガソリンが無いと車はとまってしまうこと
ついでに言えば
ポケットに入ってたMDを再生するすべがないこと
何が入ってるんだろうな
多分、どうでもいいものだろうと思うんだけどな

無料道路を逃げるように走った
四角いヴァンのエンジンが
止まるまではそうしていようと思った
おっとあぶない
猫の死骸を踏み潰すとこだった
ハンドルを切ってやる
もうこれ以上お前を痛めつける必要はないよな
サービスエリアの手前で車が先に死んだ
僕であろうとする世界のすべて
ここに来いよ
今度こそお前らの番だ

---
眠気が覚めて
次に体中に何かが刺さってることに気がついた
よくわからないがそういうことだ
痛くてもう眠くない
追われているなんて幻覚の一種だ
そんなに早く気づかれるもんか
草むらの中で身を捩った
向こうの方でフラッシュライトが光った
どっちみち逃げたいと思ったんだ
逃げたいときには逃げるべきだ
合理的で素晴らしいアイデア
そんなものと遊んでる暇はない
ないけど僕は逃げ出す
闇はあれを知らない場所で深くなる

恐るべき慎重さで
ただ一粒も音をこぼさないように
僕は車を這い出した
明かりと逆の方へ這い寄った
すぐに自分の体がどうなってるかわかった
あちこち破けて血が抜けていく
うまく動かせるところなんて
ただ一つもなかった
笑えと言われて笑えないみたいに
やりたいことは一つもできなかった
闇はまた少し深くなる

シダとかウルイとか
僕が好きだった草が生えてたんだ
見えなかったけど
ノビルも生えてたよ
匂いでわかった
僕は見えなかった
なんて幸福なんだ
見えないことは幸福だったのか?
そんなものしか幸福は姿を現せないのか?
闇はまた少し深くなる

そして見えたんだ
どこまでも続く青い草むらを
真っ青でどこまでも続く丘が
夜を打ち破って登る太陽が
その青をキラキラと反射していた
あまりにも美しくて
無意味に見えた
美しさ以外は無意味に見えるほど
恐ろしくきれいだった

近くには
湖畔が置かれていた
湖畔は凪いでいた
無意味であれと言われているように思えた
僕は意味を持ったままここに来たので
湖畔に口をつけて水を飲んだ
意味が湖畔を揺らす
僕はそれでいい
後は君たちがどうするか決めればいい

僕は比喩じゃなくて
青い丘を見た
ラピスラズリよりずっと青かった
本当に比喩じゃないんだ
僕が死んでしまうなんて信じられないけど
君は信じたいものを信じればいい
もう一度いう

僕はこれでいい
後は君たちがどうすればいいか話しあえばいい
僕は死んでしまうけれど
君は信じたいものを信じればいい


青い丘を見たんだ
青い丘を僕は見たんだよ
本でもみたことのない
本当に青い丘
若い芽が茎を抱くように生えてて
双葉が可憐にそれを守って
どんな風の強い日も
一緒に咲いてるんだ



本当に大事な
音は
誰にも聞こえないんだ
聞こえないように
世界が守ってるんだ
音は実はね君なんだ



たくさんたびをしたから
わかるんだよ
旅は僕に何も
くれないんだって


自由詩 トゥルー・ソニック Copyright 竜門勇気 2019-05-22 00:24:38
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