旧作アーカイブ4(二〇一六年三月)
石村

*筆者より――筆者が本フォーラムでの以前のアカウントで投稿した作品はかなりの数になるが、アカウントの抹消に伴ひそれら作品も消去された。細かく言ふと二〇一五年十二月から二〇一七年二月までの間に書かれたもの。これを随時アーカイブとして投稿し、フォーラム上に保管しておかうと思ひ立つた。実際に目を通して下さる奇特な方は少なからうと思ふけれど、私の手元に死蔵しておくより僅かなりとも人目に触れる可能性のある場に晒しておけば、まだしも作品の生命が保存されることにもならう。どれほどみすぼらしからうが貧しからうが、書かれたものにはひとに読まれる機会を得る権利があり、作者といへどその権利を封殺すべきではない。





  木立の中を


木立の中を ほの白い それが
すばやい鳥のやうに 通つてゆく
あれは――知つてゐる
なくしてしまつた 私の想ひだ

私の名を呼ぶたびに 切なげだつた
お前の 面影は 私の心から
うしなはれて あそこにある

そして お前の心から うしなはれたものも
お前をはなれ ひとつの想ひに結ばれ
私の知らない 空と時をさまよつてゐる

ことなる空 ことなる時 ことなる海を
わづかに すれ違ひながら
ふたつの想ひがゆく それぞれに かなしげに

何も 消えはしない
喜びへと 溶け入るまでは
かなしみであるうちは 想ひはいつも
なくされたまま そのさまよひを 続けるだけだ

私の願ひと お前の願ひが――お前とゐた日々の
訣れたもの なくしたものは いつか ひとつになると 

したしげな 稚いものたちの歌がきこえ さうして
木立の中を歩む季節が 僕らに かへつてくると


(二〇一六年三月一日)




  夕べに

 〈Prelude〉

しづけき夕べに 
心まどかに
風すずやかに
身をあゆませる 野辺の道
思ひ出すのは……


  Ⅰ

「――ほら 最初の星が見えた
 あすこまで行かう」

すると君は笑ひ出した
僕も笑ひ出した

何がをかしいのか 嬉しいのか かなしいのか
一向わかりはしなかつたが
僕らいつまでも 笑ひつづけた

しづけき夕べに 心まどかに
君はそこにゐて 僕もそこにゐた
その幸せなひと時が 一体いつまでつづいたか……


  Ⅱ

(僕はもう覚えてゐない けど
 君はどうなんだ?)

(ああ 私だつて覚えてない でも
 きつと私 今だつて幸せだわ
 あなたは? 幸せ?)

(どうだらう 僕は幸せなのかなあ
 でも 君と一緒にあの森で
 樫の木だつた時は幸せだつた)

(私も あなたと一緒にあの草むらで
 たんぽぽだつた時 幸せだつたわ)

(まだあるよ あの月の裏側で 僕らが兎だつた時)

(私だつてあるわ ほら あの海の底で……)

(はは 君は海老だつた)

(ふふ あなたは蟹だつた)

(あはは 大変だつた あの時は)

(さう 誰も許してくれなくて
 無理やり一緒になつたもんだから 大騒ぎ)

(雀だつた時もあつたね)

(亀だつた時もあつたわね)

(あれはよかつた 長生きできて)

(ふふ)

(あはは)

(ねえ どこにゐるの 会ひたい)

(僕はここにゐる 君はどこにゐるんだ)

(私はここ いつでもここにゐるわ
 どうして 見付けてくれないの
 心はいつも つながつてゐるけど
 一緒にゐられないなんて 嫌だわ)

(ずつと探してゐる あの時から)

(ねえ あれからどこに行ったの
 何をしてゐるの)

(僕はどこに行つたつけか……
 覚えてないんだ 何も
 今ここで 人間でゐる それしか
 もう 僕には わからない)

(人間? ――馬鹿ねえ
 馬鹿だわ 人間なんて
 かなしいだけなのに
 もう私 人間なんてならないわ
 馬鹿ねえ――――― )


  Ⅲ

日は暮れようとしてゐた。遥か野の彼方に最初の星が見えた。
僕は笑つてみようとしたが、笑へなかつた。
あすこまで行かうとしたが、行けなかつた。

星はもう消えてゐた。


  Ⅳ

ああ ほんたうに 僕は馬鹿なのだらう

堕ちて行つたあの日
君のかなしげな眼差しが
遠くへと かすんで行き
やがて消え そして僕は
ここにきた

人の世といふ 眠りの世界に


  Ⅴ

あれは いつのことだつたか?

しづけき夕べに 心まどかに
君はそこにゐて 僕もそこにゐた
それは 幸せな時だつたが……

それでも季節はめぐり 暮れ残る空はかはりなく美しい
まどろみの世界の中で ひとびとは生き 僕も生きる

そして時に夕べに響く君の声だけが 僕を僕にかへしてくれるだらう


(二〇一六年三月六日)




  ノクチュルヌ


雨音は 低くうたふ
ひとびとはながく 目を伏せる
どこかから来た夜が
そつと雨の下にすべり込む ――

そしていくつもの命が いまこのひと時に
美しい樹々だつた日のことを想つてゐる
それぞれの 生き場所で
互ひを 気付くこともなく

僕はここだけではなく どこかにもゐる……
なぜだらう それを想ふとひどく胸がざはめく 
(痛いまでに 苦しいまでに!)
雨音が低くうたふ しめやかな夜には
その遥かな想ひが 僕を果てない深みへと引き込むやうだ

同じ小さな星から 別れ別れに この地に降り
いまかうして 僕だけで ここにゐる
これきりの命と 教へられて……しかし何かが 違ふ
違ふと 僕はもう知つてゐる 沁み入るまでに!

野辺に朽ちた昔の旅人は
今は黄色い花になり
深い夜の底で しづかに雨をきいてゐる 
懐かしいものたちは去り
馳せる心のゆく先を 僕は知らない

ひどくさびしい 命は どこにゐても
それでも 雨音は低くうたひ 夜はしづか
ひとびとはながく 目を伏せる
それぞれの 生き場所で
互ひを 気付くこともなく


(二〇一六年三月十一日)

 


  永遠の昨日


永遠の昨日へ
飛んで行つた僕らの鳥は
かへつてこない

優しげな変ホ調の
かるがるとしたアレグロで
きらきらと 水晶青の風さやかに
かなたの空へと駆け上がる
死に行くものの世界を あとにして
聖らかな軌跡を 描きながら

やがて僕は 忘れられるだらう

やがてお前は 忘れられるだらう

秘めた囁きは もう 僕のものでも
お前のものでも なくなつた
昨日へと向いて 開いてゆく花は
僕らの明日に 咲くことはない

野辺を行く足音は まだ 憧れに満ちてゐる
でも それはとうに裏切られてゐる……
気付かぬ振りを してゐるだけだ 僕も お前も 
耐へがたいまでにかすかな この痛みに

やがて僕は 忘れられるだらう

やがてお前は 忘れられるだらう

願ひは 美しいものだつた
優しいものだつた
昨日のものだつた
そして永遠へと かへつていつた
僕らの今は 切なくここにある

神々がゐなくなつた日
生誕と滅びへの 時は歩み始めた
振りかへることなく
それが 僕らが得た 罪だつた いつか
喪はれると知つてゐながら ひとを想ふことは ――

やがて僕は 忘れられるだらう

やがてお前は 忘れられるだらう

僕らの鳥は かへつてこない
きらきらと 水晶青の風さやかに
死に行くものの世界を あとにして
聖らかな軌跡を 描きながら
かなたの空へ

永遠の昨日へ


(二〇一六年三月二十一日)




  不思議なひと


春の陽ざしに清かにふれて
ほんのり風とたはむれる
あなたは不思議なひと

どこから来たのか知らないけれど
私のこころをさらつていつた
あなたは不思議なひと

見上げる雲は 山の向かうにぼんやり青く
私の想ひは うつすら流れて
気流といつしよに 西へと向ふ

あなたの横顔はあどけなく
ただよふ私の想ひを 目で追ふらしい

しづかな日だなあ
たんぽぽたちが 愉しげにそよ風に揺れてるだけで

いつから 言葉なんておぼえたんだらう
あこがれも かなしみも 胸にしみる想ひも
声にしてみると なんだか嘘になる

それでも私は歌ふ この心 あなたに届けと
いのちのかぎりに やさしさを振り絞つて

名前も知らない
何もいはない
ただ私のそばにゐるだけ
草笛吹いて寝転んで 鳥たちの噂ばなしをきいてゐる
あなたは不思議なひと

昨日までの胸の痛みは
どこに行つたんだらう
かうしてあなたを見つめてゐると このしづかなひと時が 
いつまでも続く そんな気になる
あなたは不思議なひと

名前も知らない
どこから来たのかも知らない
でもふたりでゐると なつかしい
あなたは不思議なひと


(二〇一六年三月二十五日)




  海辺の家


海辺の家で
私たちは長いあひだ暮らした

ふたり寄り添ひ
絶えることのないさざ波を
いつまでも目で追ひながら

毎朝きいてゐるうちに
鴎たちの言葉を覚えてしまふほど
長い ながい時を

そこには私たちのほか たれもゐなかつた
ずつとずつと 私たちだけだつた

晴れた日も 風の日も
私たちの海は 私たちのものだつた

そぼ降る雨の日も 砂浜にすわつて
おだやかにたゆたふ波の上に
優しくそそぐその音を 飽きることなくきいてゐた

ふたりして風邪をひき
熱い額をくつつけあつてねむつた
そして爽やかな朝の冷気と 潮の香にめざめた
空はどこまでも高かつた

それは
ずつとずつと昔のはなし
まだここに 私たちのほか 誰もゐなかつた頃のこと

いまは ひとの淡い命を得て
みじかい夢を生きてゐる

私たちの時は すつかり短くなつてしまつた
永遠の中の 一瞬の吐息ほどに 

昔なじみの鴎たちが
したしげに声をかけていくけれど
もう忘れちやつたなあ あなたたちの言葉

でもこの海は かはらない
あなたの ふとさみしげな横顔も
あの頃のまま

今も覚えてゐる

窓べの壊れたオルガン

古びた楽譜

部屋をみたす夕陽

鴎たちの挨拶

読みかけの本

小さなランプ

あの海辺の家

あなたはきつと 気付いてゐない

でも私は 知つてゐる
あなたとこの浜辺を歩む この瞬きほどのひと時が
あの日々から つづいてゐると

想ひは果てなく いつもそこに行く
なつかしく

あの海辺の家へ


(二〇一六年三月三十一日)






自由詩 旧作アーカイブ4(二〇一六年三月) Copyright 石村 2019-05-16 16:00:35縦
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