そらの椅子
帆場蔵人
その椅子はどこにあるのですか?
木製のベンチに根ざしたみたいな
ひょろ長い老人にたずねると
そら、にとぽつり言葉を置いて
眼球をぐるり、と回して黙りこむ
そら、空、いや宇宙だろうか
その椅子に誰が座るのだろう
とても永いあいだ空だという
その椅子にいったい
誰が座っていたというのだろう
ひょろ長い老人の微笑む皺のなか
その誰かがひょい、と顔をだす
老人の愛した誰かだろうか?
あるいは憎んだ誰かだろうか?
それとも、それとも、それとも……
話してないことも話したことも
あの皺には刻まれているだろう
その数だけ椅子があらゆる形や大きさ
重さでふわふわと漂っていて、やがて
そこにはぼくもひょろ長い老人もいて
椅子は椅子としてあらゆるものを
受け入れながら雲のように形を変えて
皆んな誰かの記憶のなか
そらの椅子に腰かけ漂っている