朝の日記 2042夏
たま
九十歳になった
築五十年の家にしがみついて
まだ生きている
妻はもういない
子もいないからもちろん独居老人だ
介護施設には入らない 煙草が吸えないから
死ぬまでこの家にいる
死に方は決めてある
餓死がいい
財産はこの家だけだから欲しい奴にやる
葬式はいらない 適当に焼いてくれ
終活は何度もやったから
家財はもうほとんど残っていない
涼しい廊下に
雌犬が一匹いる
俺より先に死ぬなと言い聞かせているが
もう十六歳だから 俺と同い年かふたつ若い
九十歳になれば ひとも犬も同じ
喰うことと 寝ることと 排便
身体が動くうちはいい
動けなくなったら
歩けなくなったら
這うしかない
一日中這いつくばって
生きている
楽しみはパソコン
世間の動きもよくわかる
Windows16はテレビみたいなもの
ベッドに寝転がって
リモコンタブレットをいじる
現代詩フォーラムはもうないけど
似たようなサイトはいくつかある
知らない詩人ばかり
昔の人たちは死んじゃったのかも
戦争があって死んだ若者や
日本から逃げ出した人たちが大勢いた
ほんの十年ほどで
日本の人口は半分になった
その人口も半分は外国人だ
いま国内に政府はない
日本の政府はワシントンにある
まあそれは
俺が生まれたときからずっとだから
わかりやすくていいけど
昭和平成と生きて令和で死ぬつもりだった
元号のない日本なんて
どこの国だかわからない
名のない時代に死ぬなんて
この歳まで生きて
たったひとつ心残りだけどしかたない
ここは日本人居留地だ
築五十年の
だから餓死がいい
適当に焼いてくれ
家は外国人にくれてやる
日が射す部屋に
ゴムの木を一本残しておく
妻と結婚した年に買った鉢植えだ
部屋中に枝を伸ばして動こうとはしない
部屋の窓をぶち破って
屋根まで伸びている
遠くから見ると大きなゴムの木に見えるだろう
築五十年の 俺の家
もう誰も
俺を動かすことはできない
飛行石なんて
アニメーターの嘘だったけど
夢は 嘘じゃなかった