Universal Boardwalk
カワグチタケシ

 
九月

僕らは歩いた ときには
手をつないで ときには
手をはなして 僕らは歩いた
夜の道を 急ぎ足で

そして見たものを 見た
順番に声にしながら 夜の
運河に浮かぶ水母 海鳥の死体
船の通った跡に にじむ月を

一歩足を進めるごとに ひとつ
足は前に進む 運河に
架かる橋を渡り 

見つけるために歩く 夜
目に見えないものを
風を温度を夢を砂を噛む声を


十月

陸の上にだけ夜が来る
海の上には暮れない昼がある
出来事だけが終り 時計の針は進む
私はこの三日間を糸杉の下で過ごした

真空は記憶を無傷で保存するのに適している
火の匂いのするほうへ 夜は視線を上げて
声は聞えるが 言葉が届かない
夜になると叶わない気がする夢があるから

ターミナル駅で吐き出される
ラッシュアワーの乗客のように
僕たちはここに集まることができない

「急に走り出したから何かと思った」
特に答えもないまま
内湾も人工海浜も五時には暗くなる


十一月

雨が降り 雨が止み
ガラスドームの外は夜
大きくて重たい物が地面に落ちる音
倍音を含んだ重低音がドームに反響する

そして叫び声とサイレンが追いかける
世界のどこかで誰かの血が流れるように
あたたかいバルコニーで
イルミネーションは瞬きつづける

夜を歩く
大きく湾曲した橋を渡り
運河沿いの食糧倉庫に沿って

手に入れた宝物を
きちんと手離すことを
君たちも学ばなければならない


十二月

目の前のテーブルに置かれた
食べものを食べれば
食べたぶんだけ減る
飲みものは飲んだ分だけ減る

高さにしてわずか一メートル
距離にしてわずか五メートル
水に近づくだけで
匂いが、音が、全てが変わる

二十五日を過ぎて急速に
イルミネーションの温度が下がる
五色の小さな旗(トルチョ)がたなびく
ラサを想う

運河沿いの新しいボードウォークで
大量の海水を間近に感じながら


一月

冷たい雨の降る一日を
低い建築の中で過ごした
雨滴が連れてくる天上の冷気が
ガラスを透して膝に爪先に染み込む

キッチンシンクに置かれるときに
グラスが立てる甲高い音 
注意深く人生を見つめれば
死んでいく人がいるのがわかる

一番冷たく短い日に、谷底の村で
脚を交差させたまま眠る
美しい人を見た

新月の大潮 海水は運河に流れ込み
小型船の曳航が起こした波が
早朝のボードウォークを濡らす


二月

我々は物質世界に生きる物質的存在
物質は存在し、空想を補強する
時報の鳴らない街を 傘をささずに
肩先に積もる雪の重量を感じながら

午後五時半の暗転する部屋で
床板と足の裏のあいだには
常に不安定に変化しつづける
ある一定の温度が存在する

通りに出て、いつもの猫に会う
セロファンを震わせる乾いた風の音
夜を賭けてか夜明けに向かってか

足音にばかり気をとられ
夜の水たまりを踏まないように
光に向って進む


三月

癒しという言葉は
傷を持つ人間には麻薬のようなものだ
その周辺から抜け出せなくなる
それに関わってしか生きられなくなる

橋の上から見下ろすと
運河の水面に霧が流れていた
霧の途切れたところに
道のようなものが見えた

翌朝、霧が晴れた
地下鉄に乗って運河をくぐり
明るい街に出かける

埃っぽい春の国道をバスに揺られ
かつて傷を負ったものたちの
声を聴きに出かける


四月

世界が愛と無関心で出来ているように
ときには四月に雪が降る
荷物をまとめ山荘を出て、都市に下る
雪はやがて冷たい雨に変わる

街路、雨の夜の街灯の下を
通過するとき傘の影が頭上を覆い
そして前方へと傘の影が
足音を追い越し伸びる

雨は明け方また雪に変わり
昼過ぎには晴れる
映画館に出かけ、人の声を聴く

なみなみとした時間が過ぎていく
朝日が東雲を染めるとき
何をすべきかはっきりとわかる


五月

歩きづらい街だ
風が強い
歩きづらい夜だ
路面が明滅している

街路を滑る雨の音と
もれてくる夜の声に耳を澄ます
細く開いた夜の窓から
湿った声が溶け出してくる

かつてそこに橋が架かっていた
今はただ橋脚だけが残されて
潮の流れに洗われている

再開発エリアを抜けて旧市街へ
幾層にも折り重なる匂いの中へ
雨は通り過ぎていく


六月

都市の上空を海鳥が渡っていく
(おそらく)ラファエルが指し示す方角へ
夜のアスファルトに引かれた真新しい横断歩道が
熱を冷ましている

私は暗がりで小さな木箱をのぞきこむ
私は箱のうちにあり 同時に
私の内側が直方体に切り取られる
私の内側の真新しい空間に乾いた砂が注がれる

それは失われた楽園を主題とする宗教劇
言葉がそれ以上先に行けないところ
そこにその硬いテーブルがある

硬いテーブルの足元のたまりに
睡蓮の花が咲いたという
二十世紀は遠くなる 人々の記憶とともに


七月

夜を歩く
風が強く吹いている
ボードウォークにつづく階段を
海水が浸している

階段は運河の底へとつづき
運河の底は雲の上へと反転する
雲の上は無風
果てしない夜が拡がっている

果てしない夜の底で
存在しないはずの風が
一匹の猫の尾を追いかけている

夜を歩く 藍色に染められた
一匹の猫の尾を追いかけて
僕らは歩く、強い風に吹かれて


八月

墜落現場から四キロ離れた山小屋で
眠れぬ一夜を過ごした
膝に細く鋭い痛み 歩き過ぎたのか
ウッドデッキを覆う雨の被膜

海鳥が両足の指をまっすぐに揃え
頭上を過ぎる
弾力のあるその背中はまるで
僕らの未来のように痩せている

月齢に引き上げられた潮位
夥しい数のペンが波打ち際に
打ち上げられている

まだインクの残る一本をノックして
宇宙につづくボードウォークに書きとめよう
潮風が忘却を運んで来る前に


九月(reprise)

僕らは歩く ときには
手をつないで ときには
手をはなして 僕らは歩く
夜の道を 急ぎ足で

そして見たものを 見た
順番に書き記す 
さほど多くはない
一般的な形容詞を用いて


Contains samples from H.Murakami, M.Jackson, K.Nashiki, Prince & C.Simic

 


自由詩 Universal Boardwalk Copyright カワグチタケシ 2019-04-14 00:44:04
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