吠える犬は繋がれるか処分されるものなのに
ホロウ・シカエルボク


真夜中を疾走する無軌道は自意識は所詮、夜明けとともに失われる時代遅れのノスフェラトゥだ、陽のあるうち連中はどこに潜んでるのかまるでわからない、お互いの顔すら見分けがつかないほど暗くなるまでは怖くてドアを開けることが出来ない、いや、それはもしかしたら重たい棺の蓋かもしれないが…近頃じゃ本当の化物は綺麗に着飾って真昼の繁華街をうろついてるようなやつらだし、そのどちらもそもそも俺とは何の関係もない種族ではあるけれど―柵を設けようぜ、ひとつの大家族なんてまっぴらだ、アイデンティティによって振り分けられる世界を始めないか?コーヒーの空缶にそんな戯言を吹き込んで性欲処理人形の口元を思わせる自販機横のダストボックスに放り込んだ、ひとつ教えよう、利巧な真似が出来ない連中のために社会というものは存在している、脚がままならないもののために松葉杖があるように―誤解しないでくれ、歩けないものをどうこう言うためのセンテンスじゃない、まあ…利口なやつにはこんな説明、する必要もないのだけど…よく晴れた休日、約束の相手と電話で与太話をするために立ち寄った公園じゃブランコの下に寝っ転がった砂まみれの少年と釣竿のメンテナンスに余念がない老人が居た、どうしてこんなところでそんなことをするのだろう?老人が不意に伸ばした竿は驚くほどに長かった、なるほどね―部屋じゃ伸ばせない―砂まみれの少年は自分の上を行き来するブランコの裏をじっと見つめていた、勢いがなくなれば追加して―まるで念入りに制作された退屈の具現化だった、だがそんな行為も、彼にとってはなんらかの意味があるのだろう…「アメリカン・ビューティー」だったか、風に舞うビニール袋のショート・ムービーを思い出した、彼の手のひらは風に舞うビニール袋によく似ていた、俺は彼のことが心配になった、彼はまるで楽しそうには見えなかった、あらゆるものから小さな断層によって隔離されているみたいに見えた、そんな光景は俺に自分の昔を思い出させた、ジグソーパズルに紛れ込んだ別の絵柄のピースみたいな気分…俺は公園を立ち去ることにした、電話の約束は先延ばしにしたところでべつに支障ないだろう、そもそもメールでも済むような話に違いないのだ―こんな場所に居たら俺までおかしな日向の中に飲み込まれるような気がする…古臭いスーパーマーケットの前にいつも立っている中学生ぐらいの男、まともでないことは一目でわかる、クラフトワークの音楽が似合いそうな細やかで奇妙な動作をずっと繰り返している、右腕と首以外の関節は機能していないみたいに見える―なぜ、ここなのだ?さっきもそんなことを思ったような気がする、でもさっきと違うのは、どんな理由もそこには存在していないように見えることだった、彼にしてみればごもっともな理由があることなのだろう、きっと―くすんだモルタルの壁が好きとか、駐輪場の側にいると落ち着くとか?でも彼以外の場所からそのことを理解するのはとても難しいだろうことは想像に難しくなかった、ブランコの下の少年よりもおそらく彼の方が楽だろうと思えるのはきっと、すべてのことにおいて彼は無自覚でしかないだろうという認識のせいだ、自転車をこいで川沿いの住宅街をのんびり走っていると、ある家の前で喚いている中年の女が居た、「あなたが玄関チャイムを交換したのはあなたの勝手であって、それで押すな鳴らすなというのはおかしなことでしょう?」延々とそう喚いていた―すこしもおかしなことではない、と俺は思った、彼女とその家の住人との間でどんなことが起こったのか俺には知るすべもなかったが、おそらくはいまその家の玄関で喚き続けている女の方に非があるのは明らかだった、余所の家の玄関チャイムにクレームなどつけ始めたらたぶん人間はもうどこにも行けなくなる―閑静な住宅地、と不動産の人間なら言うだろう穏やかな道に、狂った女の声は延々と轟いていた―手持ちのカードがカラになった人間がやることといえば、テーブルをひっくり返すかピストルを取り出すかだ、橋の上の、酷い横風を受けながら俺が考えたのはそんなことだった、見苦しい、まったく…そんな方法論に俺は死ぬまで手を付けない、なぜなら俺の懐にはたくさんのカードがあるからだ…俺は家の鍵を開ける、まるで見世物小屋の喜劇だ、テレビじゃ放送されない、悍ましい笑いもの…手を洗い、猫に餌をやる、来月には新しい時代がやってくるらしいぜ、相棒。


自由詩 吠える犬は繋がれるか処分されるものなのに Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-04-04 15:54:32
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