フラストレーション
こたきひろし

単純にじっとしていられなくて胎児は未熟なその足の片方で蹴った。
に過ぎなかったのに、女はそれが嬉しくていとおしくて、側にいた男に報告した。
「私たちの赤ちゃんが今元気にお腹を蹴ったわ」
まだ生まれていない存在をそんな風に言った。

それは女が生まれて初めての妊娠だった。
男にとってもそれが生まれて初めてさせた妊娠だった。
男は女の腹に耳を近づけて我が子の存在を探ろうとした。

しかしその本質は女に対するパフォーマンスの意味合いが濃かった。
事は否定できない。
現実的には女ほどには感動もよろこびも感じてはいない。
それより何より実感がわかないのだ。
頻繁に性交をして、その度に避妊せずに射精したのは男の生殖本能だったから、妊娠は当然の結果として受け止めなくてはならない。しかし父親になる事への不安感が妊娠の事実の前に現れ出したのだ。
正直なところ男は男としてその未熟さゆえにその現実を受けとめきれなくなっていたのだ。
そんなに簡単に父親になんてなれるんだろうかと言う思いが得たいのしれない虫のように蠢き出していたのだ。
しかしそれはけして女には口にできないと、悟ってはいた。
一度でもそれを言葉にしたらたちまち女が壊れてしまうのは明らかだったからだ。

「おめでとう。子供は早い方がいい。父親としての責任は重大だから頑張れよ」
自分の父親からはありきたりだが祝いの言葉を貰った。
が、母親は手放しでは祝福しなかった。
「お前はきっと人一倍苦労するよ。結婚はけして幸福の代名詞じゃないよ。どちらかと言ったらその反対だからね。気を絞めてかからないと簡単に壊れてバラバラになるよ」

母親の厳しい言葉に「わかったよおかあちゃん」
と、甘える子供のように男は言った。
それはまるで
母親の体内の羊水からいつまでも抜け出せない胎児みたいに
果てしなく
淀んでいたのかもわからない



自由詩 フラストレーション Copyright こたきひろし 2019-03-25 00:25:16
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