生き続けろ、ひとつの言葉がひとつのことだけを語っているわけじゃない
ホロウ・シカエルボク
駱駝の玩具の背に本物のナイフ、飾り柄にいつかの血の記憶、縁の欠けたマグカップの中にはつがいの蝿の死体、それはあまりにも語れない、形を残す時間が短過ぎて…手を取って、ここから離れてゆくすべてのもののために、愚直な祈りとあまりにも乱雑な純粋、あらゆる信仰が指し示す先はどこともつかない方向ばかりで―手を洗っている間にいくつものことが思い出されては消えて行く、遠い昔に死んだ級友の記憶みたいに、排水口に俺の死んだ皮膚が引っかかっている…切れかけた蛍光灯は地下室を連想させる、昨日止んだ雨のにおい―御伽噺のようなものだったことがそう遠くない未来として考えられる瞬間に、腕時計の文字盤が意味を成さなくなるわけは…ハンドルを握り続けたロック・ワグラムの焦燥、駆け抜けてきた背後の砂漠を舞う砂煙は、きっと、人生そのもののように思えたに違いない、スラップするベース、死後硬直のようなプログラムされたリズム―色のない月は欲望を飲み込んでいく、女は呆けた顔をしてそれを見上げている、青い夜、いつか誰かが形容したそんな言葉が脳裏に浮かぶ、失われたアドレスにアクセスし続けるのはやめた方がいい、その先にあるコンタクトは惨酷なほど冷たいに違いない…毛足の長いカーペットのなかに隠れた落とした錠剤、化石のように変化していく、薄っぺらい液晶テレビの画面の中では連行されていく誰かの伏し目がちな様子、罪はたまたま罪だったということもある―非通知の着信を三度無視して、眠るための準備をするのにいまがどれだけ適当かということについて考える、答えは出ない―そういう問題についてはまともな答えが出たためしがない…きっと、そんな風に考えてしまう時点でそれは適当ではないのだろう、ボーカリストはマイクから少し離れたところで歌っている、不味い入れ方をしたインスタントコーヒー、今日を葬るにはそんなものの方が良い、熱いうちに流し込む、焼け焦げていく消化器官…どこかの部屋から聞こえる異国のドラマの性急な台詞回し―異なるリズムは噛み合わないってたいていの人間は考えてしまうけれど…風が年老いた壁を叩いている、インプロヴィゼイション・ジャズのような極端な抑揚、ノイズが欲しいな、空になったマグカップの中にそんな呟きを落として、ボロボロの歯を労わるようにブラシを当てた、一昨日の抜歯の跡には未だ微かな違和感…眠るための挨拶は短いさよなら、暖かい夜でも用意したばかりの寝床は冷たい、注意しておくんだよ、夢を見過ぎた朝には目覚めた瞬間こそが嘘に思えるものだ…人を殺す夢をよく見る、あらゆる種類の手段で―その瞬間に力を失くしていく肉塊の感触がたまらなく好きだ、おっと…勘違いするなよ、これは現実の感覚ではなく、そして現実の願望でももちろんない、ただ、そんな夢を見ることがあるっていうだけの話だ―積まれたコミックと崩れ落ちた小説、彼らが俺の中に埋め込んだ種が発芽する夜には、こうしてとりとめもなくイメージを羅列していくのさ―それは俺のなかの釈然としない感情をデフラグする、多少アクセスしやすくして、適度に朧げに理解出来るように促してくれる…詩人は言葉に頼り過ぎるし、格闘家は拳を信じ過ぎる―俺の話すことにはとりとめがない、けれど、そこに何もないわけじゃない…真実はフレーバーのようにしか存在しないものだ―回転を繰り返すディスク、聴き慣れたフレーズはいつも同じように聴こえるわけじゃない、認識や感覚の僅かな誤差、そいつはたまらなく刺激的に脳髄を腫らしていく、生き続けろ、ひとつの言葉がひとつのことだけを語っているわけじゃないと…摩耗していく肉体に新しい血液を送り込む、書き続けるからには易々と目を閉じることは許されない―爪切りと耳掻きと綿棒、床に転がるすべてを隅にまとめて、眠る前にフレーズの闇の奥へと繰り出していく、もう少し書き進めようか、もう少し手ごたえを得るまで…道化に化けるまでにはまだ少し時間がある、俺は俺自身をハチの巣にするためのマシンガンを持っている、弾は腐るほどある―そして、吹き飛ばすべき愚かしい塵も…銃声が轟いたら目を見開くんだ、俺の血飛沫は鮮やかにデジタルに飛散するだろう、空の薬莢が欲しいならいくらでも好きなだけ取っていきなよ、すこしも遠慮なんかしなくて構わない、衝動の過去に過ぎないそんなもの、俺は爪の先ほども欲しいなんて思わないからさ…。