完備 第一詩集『abstract』
完備ver.3

完備 第一詩集『abstract』


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index

you
・footprints
・memo
・units
・difference


i
・names
・plastic
・piecewise
・or


we
・coarser
・echo
・ill-defined
・locally


you and i
・alcohol
・unconfessed
・screen
・memories


あとがき





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you

  footprints

あなたのくれた比喩でない不等式を
証明できないままカルバリの丘に立てる


これがおれの銀河だ
走馬灯のような生活はマイスリーがさらっていく
おれはいまから
おれの足跡がいくつあるのか、真剣に数えたい





  memo

牛乳、ピュレグミ、歯みがき粉
と書かれた
メモをポケットに入れて
無限級数に沿い歩く両足は
つねにだれかのものでした。
大きな自転車の幻を見つけて
アーベル総和可能なので、と
彼方の声が
うすい金属の内部のような
心象風景に響くの。
夢を見る場所はくさむら、
自転車はきっと重く
だいえぬぶぶんわ、
夢はまだ続きますか?
明日また電話するよ。だから
だいえぬぶぶんわ、その、
えぬの流れる水面に
このメモを手放していきます。





  units

大きな星空は三つ
小さな星空は 無限個あった
きみたちのうちのひとりが
それは 可算無限?
と 尋ね
三つの大きな星空が
分からない と 答えた

また別のきみは
星空を数えるための単位 を つくり
わたしに 耳打ちしたから
わたしのなかにまた
小さな星空が生まれた
きみたちは
あらゆる方法でわたしに
小さな星空を埋め込んでいく
だからわたしは
星空でいっぱいなのだ

きみたちは三つの大きな星空
の 境界 を
同値関係で貼り合わせ
ひとつの《かたち》にした。
きみたちは それを
名付けようとはしなかった
いつも
「あれ」
と 呼んだ

「あれ」

三つの大きな星空では
《波》が 絶えない
から 小さな星空へ届けることが
きみたちの仕事だった
届けられた《波》は
音楽や
絵画になる
そのあわいできみたちはみたされ
漂う くらげのようだった

きみたちはどこから来て
どこへ行くのだろう
きみたちのうちのひとりが
消えてしまうとき
結ばれた 三つの大きな星空は
一瞬
《かたち》で なくなり
《波》が
《波》の まま 漏れ
残されたきみたちのあいだを
ゆっくりと伝播していく





  difference

じゅうねんまえ親しかった女の
じゅうねんまえの姿に
よく似た、女をみた

最近の彼女はずいぶん
太っていると
共通の知人が云う

その晩、
じゅうねんまえの姿で
彼女がいた
じゅうねんまえの調子で
歩きながら話した
内容、
思い出せないがきっと
このじゅうねんかんのこと
だったと、おもう

ガラス張りのエレベーター
何階へいくのか、隣の
ビルを超え
ふっと
青空がふくらむ

はるの空だった
じゅうねんまえのはるか
ことしのはるか
どうしても気にかかり
あらゆる空に
多少、過敏になる








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i

  names

それだけが見える
ということが、あるのか
かつて、私であった人の
私へ曳かれる眼差しと
交わる、畸形の花
びらに似た、包装紙
いちぶ尖ったアルミ缶
ゴミやゴミが裏返り、
「眠るように」という
直喩のうちに、「眠る」私へ
伸ばされる
かれの身体が裏返り、
まぼろしを
告ぐるはやさしい同型射。
畸形の花々のうちに
ふつうの、雑草のにおいを覚え
私はここで息絶えていい
かつて、それだけが見える
という、「それ」を、
呼ぶためにあった名前よ
いまここで、お前が
意味するまぼろしを見せてくれ





  plastic

砂浜に立つポスト眠い目を眠らせ
濡れないようにA4の封筒を持つ
きみが足を取られ拾う流木
留学先の異常なルームメイトは洗剤を食べていた

奇妙な明るさや 遠近感のない音声 は 副作用だが
いくら掘っても粉々に砕けた
「プラスチックと貝殻」ばかりで
面白いものはなにひとつ埋まっていないの

降るなら降れよ きみの眼鏡の縁でこわれる
ぼくらのユークリッド空間は浅瀬を漂ってしまう
流木で探すけれどすぐに飽きる

すこし振り回してからは引き摺って歩く
どうしても線にならず
きみの作る窪みもほとんど地形の一部





  piecewise

せめてまたたく今日に
曳く接線の傾き
右微分か左微分か
わすれても所詮ことば

台風で小豆を洗い
台所、だったが

醒めてまばたくたびに
まあたらしい空目を
またわすれて遠ざかる日々が
本当に見えなくなること
おそれてひとに会っては

なぐさめられて踊った
妖怪の歌をきき違え
「好きなようにやるにも」
言いかけては口ごもる梅雨に

無を祝う赤飯をたべる
それから傘をぬすむ平気で
だって私のほうがつらいし
その傘もどうせすぐなくすけど





  or

荒れ地、眠れないまま
ゆるむ瞳孔へ
駄々洩れるイメージ
まばゆく
五分の一、
残ったいろはす
スイメンの振動は絶えず、
本棚、ボロボロの
擬微分作用素
それは抒情、あるいは
信仰告白、
重曹を溶かした足湯
これは祈り
あるいは、

コンドーム
半拍遅れたドラム、
全身の毛を剃り
ただし腋毛は抜く、
その話はもう
伊藤比呂美が尽くした
から、繰り返すな
固有名詞、ばかりの
うたをうたい、
網膜へ駄々洩れるのは
横浜の空
あるいは、大阪の雲、
ミニスカートは度し難く
思い出すのは
おそらく十年前、
ほとんどクリスマスの
夜、顔も
思い出せないひとが歌う
スノースマイル、

覚えていたいことは
なにもない
思い出したいことも
もう、ない、
駅前のイルミネーション
その駅の名、
雪ではなく雨が降ったこと
眼鏡の裏に咲く花、
それ以前に
生きなくちゃいけないから、
とか
きみが持つ構文
泡立つひなた短く、
くちずさむうたの表象
あるいはきみと
作られた寂しさ、もう
いい、
もう、これ以上
繰り返さなくても、








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we

  coarser

かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを
夥しい自動車が過ぎて行った

何番目に僕がいたでしょうか
と、かれが問う
直前の
ぐちゃぐちゃと潰された誤字を
読むことはできなかったが

わたしたち、と言えば
規定される範囲が
まだ、あるなら
わたしたちの心象風景は
細部を失っていく

かれもわたしも、きみを、きみと呼ぶ
きみは、ローソンが
固有名詞だと言い張った
この町の大体はローソンの窓に映る
とも、言った

かれからの手紙のなか
砂埃のむこうを過ぎて行く
夥しい自動車、それらが
本当に自動車か
わたしはときどき、判別できない





  echo

異国はあまりに近い。ありそうな夢ばかり映
さないで、生長する様子を、あいぽんで撮影
して。

不要な再会を繰り返し、おそろしく隔たった
語りはほとんど眩いひかりだ。ふとひるみ、
舞台に立つようなこころで語りかえすわたし
と、あなたのあいだに澱む位相。

すべてが粗い。わたしとあなたはわたしたち
として会話する、あるいは、語りそして語ら
れ、
――笑いながらする話かよ、
中絶。

胎児の目に映る子宮内膜。咳込みながら吸う
タバコ。わたしたちは正しいタバコの吸い方
を教え合う。より正確には教え、教えられる。
――腹式呼吸で肺に入れろよ、喉で吸うから
  咳く。

となりに座れば膝がふれてしまう。トシノセ。
が、男の名前のように響いてゆく。





  ill-defined

虹彩へ降りしきる抽象的な雪が十分に積もるまで
待つつもりだ それからふたりで
と 発語した瞬間に失われる名前と名前


画面ですぐ融ける雪から涙を
区別すること ふたりの指の表面で
こごえる電子の行方を見つめ
見つめて 伸びゆく神経はいびつな線路となり
ふたりはふたりぶんの切符を買う
切符という響きを理由のすべてとして


駅の名前 窓枠を透ける腕
荒れた手ですくう雪 切れた指でつむ花
ふたりの近眼へ降りしきるあらゆるまぼろしを
詳細に描きとめる画用紙 それすらもまぼろし


名前の隙間に涙まじる語りも過つ指輪
外し方は永遠に忘れたままとしても
冬だねと 発話した瞬間に来年の雪が見えるから
ふたりはラブソングを歌おうと何度も
何度でも まぼろしの喉にふれる





  locally

そうだね
こんなに寒いほとりでも
梅の花は咲いて

ぼくは乱視だから
去年の、おととしの、
花や花びらがダブる

へんなの
寂しいのは
となりに在るてのひら

あいたいのは
きみから見て
時計まわりの小枝








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you and i

   alcohol

アルコールをわざわざalcoholって発音しておどけるきみの横顔がすきなの。
酔ってたから? 酔ってなくてもわたしはきみに
ついていったとおもう。
きみがすき。だけどわたし
物語なんて要らない。
ちいさな物語もおおきな物語も要らないのに
きみはぜんぶ物語にしてしまうから、わたし
きみがつくったというだけのそれらを
ずっと抱えなくちゃいけなくなった。
もう部屋がいっぱい。
てゆーかここ、わたしの部屋だっけ? きみのだっけ? わかんないけど
物語なんて要らないのに
物語のなかで流れる川に映るわたしの顔はかわいくなかったから
死にたいなって言ったらきみはもっと死にたそうだった。
死にたくなるたびにストロングゼロ飲みながらalcoholっておどけるきみの横顔がすきなの。
だけどわたしときみは死ねないまま
わたしときみはきっとずっと《わたしたち》にはなれなくて、だから、
さみしくないの。

わたしではない女の子が空を飛んでいるのをわたしは
空よりも高いところから眺めてる。
たぶんいま目があったよ
信じて!
きみは汚い電柱と犬の糞とそのへんのババアを見てる。また物語にしてしまうんでしょ
物語のどこにもきみはいないのに、さ。





  unconfessed

名前の代わりに発話するねえに振りかえる
きみの長い髪は粗い日差しに透けて
その方角へ背景を忘れたこと 気付くずっとまえから
何度も書き損ねるさようならは空目した名前


ぼくがきみの恋人になれたか分からないまま手をつないでも
きみはぼくをきみと呼び
踏み切りのむこう平凡な交差点に海を探している


夕立の代わりに降るあられがきみの頬で跳ね
折り畳み傘はゆるやかにひらいた
ひかりの粗さを測るてにをはをまぼろしにかざして もう
帰ろうと逆向きの車窓を選ぶ


大阪湾しか知らない細い目は途切れ途切れに幼く
ほとんどすべての景色を忘れた
夕暮れの形式に残るのは固有名詞だから


揺れるね ねむりに落ちる直前の
絡まるほど長い髪の渦まき
おやすみなさいを言い損ねてささやくありがとうも空耳
形式に意味を探すきみは夢のなかでも
ぼくをきみと呼ぶのか まぼろしの遮断機をくぐる





  screen

きみがひらいてくれる
窓の
数センチうしろ
網戸に
あいている穴の縁
さわると
ぱら、ぱら、くずれて


はるはすべてを
平面化してしまう
まだ葉がない
大きな木のまわりに
名残るふゆへ
まじるみじかい繊維、


夕日を反射する窓が
いちばん
まぶしい場所をさがした
かくれて。にかいめの
はる
ぼくたち、すこしずつ
快復してしまうね





  memories

大さじ、小さじ
とか、いう
概念、
知ったのは
二十六も
終わりにさしか
かった、頃、

私は、乱視が酷く
若年性の
白内障が
急に進行、云々、
で、
眼鏡も新調した

リップクリーム
と、目薬
筆箱に入れる癖、
学生時代から
治らず、
たぶん
二回くらい、
スティック糊と
キスした

いつでも、
いまでも、
持ち歩いて
いるよ、筆箱、
バインダーと
裏紙、

日に日に
空がしらんでいく
ような
気がしながら

スーツケース
いっぱいに
数学書と
ノート詰め込み、
ネットで
知り合った、他人
の、家を、
転々と
していた、頃、

他人の床に
落ちている、よく
分からない薬
の、余りを、よく
分からないまま、
飲んだりして
いた、頃、

半年前より
いくらか
しろっぽくなった
ひと、が、
笑っていて
早く手術しなよ
お金、出すからさ、
とか、
言われても
もうすこし、この
半年前より
いくらか、
しろっぽい
友達、を、
覚えて
おきたかった








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あとがき

気管支が機能停止寸前で、睡眠薬を服用するも眠れず、精神的にまた身体的に最悪な状況でこの文章を書き始めている。さらに言えば、今回収録したほぼすべての作品が、だいたい同じような状況で書かれたものだ。

若いころの一時期、詩を書いていた。それっきりだったが一昨年、「適当に書いた詩を適当に公開できる」文学極道というサイトを知り、再び詩を書くようになった。この詩集『abstract』はこの二年弱ほどの期間、文学極道(と、B-REVIEW)に公開した作品を纏め直したもので、私の作品を殆ど読んだことがない方を読者として想定している。(文学極道とB-REVIEWを熱心に追っている方々には、既知の作品ばかりだろう。)

二年弱もあれば周囲の環境はすっかり変わってしまったが、詩を書く動機は全く変わらなかった。精神的・肉体的に追い詰められて生産的な何事も為しえないとき、スマートフォンの画面を触るだけでよい「詩作」という行為は、意外なほど私に適合していた。多くの方々を巻き込む騒動を起こし、心配や迷惑をかけてしまったこともある。それはそれで申し訳なかったが、大きな目で見れば安定した「詩作」が続けられたのではないか。

もはや真面目に、文芸に関わる気はない。文芸と文芸に携わる方々に対する私の心象は、無関心、強いて言えば軽蔑だ。本棚にある詩集といえばかつて好きだった平出隆の現代詩文庫や岩波文庫の『荒地』くらいのものである。それらが何年間に渡って開かれていないか皆目見当がつかないが、これらも三月中にBOOK-OFFに売るか引き取ってもらうかする予定だ。

若いころに思いを馳せると、私はあまりにも真面目に詩を書きすぎていたことが分かる。これは志を持って文芸に携わろうと考えている方々へも言っておきたいことだが、詩は適当に書いた方がいい。適当に書いて適当に発表した方がいい。誠実に書く、切実なことを書く、などの気持ち悪い自意識を捨てた方がいい。

詩を書きたいと思って詩を書いたことはない。アイデアが浮かんで書くこともない。端的に言って私は、詩を書くのをやめたい。時間の無駄だし、同じ時間を使ってできることがあるはずだ。もしないなら、詩を書くよりも寝た方がましだ。しかし私に詩作をやめさせない力が存在することを、私は否定できない。その力の大きな源が孤独だとしてもだ。芦野夕狩さんが以前、こういうツイートをしていた。

@yuukari_ashiya
詩と煙草は辞めてからが本番
7:50 PM - 6 Nov 2018

私はこれに深く共感する。ヘビースモーカーというよりはもう少しライトな喫煙者が、心機一転禁煙を決意したその後、煙草とどのような関係を築いていったか。それがほとんど、詩と私の関係に同型なアナロジーを与えてくれる。


2019.3.15. 早朝


自由詩 完備 第一詩集『abstract』 Copyright 完備ver.3 2019-03-15 02:32:03
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