卒業

おすまししたミシンさんの濁った油には、
シルクピンと埃と三月の寂しさを愛しくさせる成分、
例えば、先輩の輝かしい功績やひたむきな放課後、
後輩のまっすぐな憧れや貪欲な昼休み、
その間に挟まれた午後の座学のような私たち、
つまり、この教室で縫い合わされた子供と大人の日々、
を構成する、
純心と不満と鼻歌と反抗と笑いと溜め息と、
小さな責任感と、
こまごました夢と、
それから、
流されなかった涙、
も、混ざっているかもしれない、
それが、
小さな穴から、

 ツーーー

、と
垂れ流される様に、
私はいつか見た豚の放血を思い出す。

スタンニングが甘くて哭き叫んだ彼がうつろになる過程を
間近で見れて良かったとか、
あのソーセージの脂っこさは忘れられないとか、
今夜はポトフにしようかとか、
考えていたら私は雪になって空へ巻き上げられていた。

遠く窓の向こうにミシンが並び、
遥か頭上を車が走っている。
電線の爪弾かれる音を聞きながら、
マンションをひらりと避けたところで、
ふかふかした白いものとぶつかった。

それはポプラの綿毛、
大きなぼた雪のようにあたたかい、あれは、
ぼた雪よりもずっと軽く、北大から飛んでくるらしい、
けれど北大のポプラがどこにあるかは知らないし、
実は道庁出身だったかもしれない。
道庁の、モネ好きのマダムを身軽にさせる池の隅、
綿毛に覆われた水面はミシン油のように静かだったから、
あの池の澱も何かを愛しくさせてくれるのだろうか。

私は池の底をまさぐるように、
ミシンの中を拭う。
油まみれの曲がった針を拾い集め、
すっかり空になったそこへまっさらな油を、
安らいだ赤ん坊の心臓のように、

 トク トク トク

、と
鳴らし注いだ。

ふと、
命を注いでいるような、
神にでもなったような、
気が、して
忘れかけていた人間らしさを思い出す。
ぽたりと
溢れはしなかったけれど。
思いきりペダルを踏み全力で走らせると、
冬の唸りが誰かのトワルだった布切れにしみこみ、
いつかラットを失血死させた手触りを思い出させて、
それも悪くない、
なんて笑いあったっけ、ねえ。


自由詩 卒業 Copyright  2019-03-07 14:41:51
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