海を見ていた
山人
梅雨のあけない海で
貝は静かに海水に身をまかせ 霧を弄ぶ
怪物のように伸びたコンクリートの橋脚が
海抜ゼロメートルから立ち上がり
山峡を跨いでいる
トラックの轟音と排気のにおいが雨音と混ざり
その喧騒が過激に生き急ぐ人のもとへと運ばれる
海の香りが遠い記憶の中にしなだれるように入り込んでくる
*
水平線が赤く染まったフォトグラフ
あの日の二人は塩辛い汗と砂粒を肌に滲ませ
どこかにまだ残る異物を洗い落としたいと
かすれた声を震わせてギアノブを握り締めた
口びるのにおいに現実を感じていたのは確かだった
生ぐさく尖るおもいだけが街の明かりと乱反射した
薄明るい室内灯から反対側を見ると
未来に疲れた君の横顔がゆれてみえた
*
あの日の貝はじっと目を閉じた
大海へ出て深海に沈み
ふたたび波となって横たわっている
テトラポットを過ぎ
ちいさな漁船が散らばり、海鳥が舞う
侵食された岩が幾何学的な紋様を呈し
波は再びまた海へ
いくつもの果実がくだけ
角質化した瞼をこじあけている
かつて見たことがあった、砂浜が続いている
あの時もこうして同じ目をして海を見ていたのだろうか
私は海の横を走るバイパスの車の中で
生の吹き溜まりへ急ぐトラックを眺めていた