人でなし
田中修子

近所の曲がり角
夜の雨に濡れて煉瓦と
あたたかく帰る人を待つ街灯の
そのひかりが
煉瓦を光らせていたのは冬のことだったか
春がもう きている
梅の花びらがあたたかな煉瓦の上に
白く舞っている

詩で私がしたかったことは
いったいなんだったか 友よ 尋ねたい
きみの遺書が私を詩人にさせた 私は詩人などではなかったというのに

二十歳でときをとめた
きみはもはや
季節ごとに香りの衣をかえて私に八重歯をちらつかせ
まるで吸血鬼と天女のあいの子か
想い出の衣を纏って
生きていることから逃れられて
あなたは狡猾だ ああそうだとも あなたは狡猾だ
「わたしは死によって高みへとのぼるのです」
その予言そして遺書の通りに
あれから私はけっきょく誰のことも
友とおもわず どこか うわのそらで笑っている
もう だれにも やけどを ふれられたくない ふやしたくもない
私は だれの友でもない あの日から友を持ったことはひとりもない
だからひとびとはやがて去っていくし
後ろ姿を見ながらあらたに決意する それでまったくかまわないのだ と
そう、私は明らかに人でなしだ

身代わりのような人生を生きている
そうではないのか
ここまで身代わりのように生きてこられたのか
実はそれを理由にして生きたくて生きてきたのか
尋ねたくて尋ねたくて
あかない扉をノックするように胸をドンドン叩いても
居心地よさそうに 猫みたいに
穏やかに目を細めて笑っている

きみ、よかったよ、ここを知らずに死んで
こんな地の果てのような場所でも
あの家の中のことと さして かわらないのだよ
すばらしい想い出だけ 灼けついた真実であれさえすればいい そうだね?

この爛漫の花咲く季節さえ みどり芽吹くこの日日でさえ
霞んで見えるほどの想い出であることを
きみ、よかったよ、死んでくれて


自由詩 人でなし Copyright 田中修子 2019-03-06 16:58:45縦
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