秘法(第一巻)ほか九篇
石村

(*筆者より―― 昨年暮れ辺りに自分のかくものがひどく拙くなつてゐることに気付き暫く充電することに決めた。その拙さ加減は今回の投稿作をご覧になる諸兄の明察に委ねたいが、ともあれかいてしまつたものは本フォーラムに全て記録・保管しておきたいので、前回投稿以来フォーラムに載せてゐない複数の作を一度に掲載することにした。さうすれば読者諸兄にあつては詰まらぬ作品をひとつひとつ閲覧せねばならぬ面倒も省けるといふものだらう。)




  秘法(第一巻)


   Ⅰ


骰子蹴つて鍋に放り込む

万華鏡のアンチテーゼ

漆黒。


   Ⅱ


ばら瑠璃(月夜のトランプ)

「ペルシャンブルーの砂漠がですね、
 象の骨を磨いてゐたのですよ。」

キャラバン隊のポスターを剥がす少女の初恋。


   Ⅲ


薄荷ラッパのせいで桟橋落ちたのには困つた。

そこで

幽玄。



(宝船を解体してからこの旅を終はらせませう)

ドビュッシーの蒔絵は未完成でしたが――気にしません、私。


   Ⅳ


(クレーの帽子)


   Ⅴ


虹の線形代数。


   Ⅵ


蝶がプリズムの先端でゆれてゐる午後。

アテネの路傍では哲学の授業がつづいてゐます。


   Ⅶ


(まだ歌つてゐますね!)

 Einsatz!

それからクレタ島に行つてきます。

鳩を取り返しに。


   Ⅷ


   Ⅸ


   Ⅹ


(ユピテル魔方陣でお別れします)

姉さんのリボンの裏に刺繍されてゐた秘法です。

「光あれ」と
二度と云つてはならない。



(二〇一八年十一月二十七日)




  十二月スケッチ


とほい国のひとから 今年も
はつ雪のたよりが届きました

今日はきれいな朝です
すんだ まるい空に
たかく フルートがきこえます
モーツアルトがかき忘れた音符です

いろんなことが
思ひ出されます

さよならあ と云つて
その子は落ちていきました
かへりおくれた鳥のやうに

おぼえてゐますか

もう
冬です


(二〇一八年十二月四日)




  太陽の塔


退屈で残酷な世界は
知らないうちにほろびてゐた

神さまは
人間をこさへたことさえわすれてゐた

太陽の塔をみあげて
「よくできてゐるな」と感心し
二百五十六万年ぶりの定期巡回を
終へたのだつた


(二〇一八年十二月五日)




  冬の室内


ふりつむ雪を温める

優しい姉妹の憂愁メランコリア



  琥珀


ちひさくなつてゆくいきもの

(白亜紀の蝶がしづかに目をさます)


(二〇一八年十二月十二日)




  銀世界


雪に埋れた日時計が時を刻む

終末まであと二分。


(二〇一八年十二月十五日)




  墓碑銘


どうしやうもなくて
笛を吹いてくらしてゐた王様が
楡の木かげで
息をひきとつた

家来たちが宮廷で
グローバリズムと地球温暖化について
ながながと議論してゐる間に
行方不明となつてから
十年後のことだつた

会議は今もつづいてをり
解決を見るけはひもなく
十年すぎても家来たちは
王様が行方不明であることに
気付いてゐないのであつた

森のきこりの息子がひとり
楡の根元に穴をほり
王様のなきがらと
笛をうづめた

それから小刀をとりだして
楡の木の幹に
「ぼくのともだち」
と彫りつけて

目をつぶり
手をあはせた


(二〇一八年十二月十七日)




  降雪


冬の底にかさなつて行く沈黙
ああ さうか これは
ことばのない いのりのやうなもの

白くなつた世界に
目をつぶりたくなる


(二〇一八年十二月二十一日)




  冬支度


星あかり
しづかに

おろかなる
男ひとり
影を置く

月は凍つてゐて
ものみな息を凝らし
時の刻みに
耳傾ける
(硬い空気に何とも
 良く響くのだ それが)

 幼くて逝きし者たちの
 明澄さこそ羨ましい!

 何をか云はん
 俺よ 何をか云はん?

 老いさらばへた病み犬の
 今はの際の呟きか
 
 はたまた
 三匹の羊どもに逃げられた
 冴えない羊飼ひがこぼす
 愚痴でもあるか?

 どつちにせよ
 似たやうなもんだ
 冬の落葉にうづもれた
 こがね虫の乾いた死骸が
 ときをりからつ風に吹かれて
 立てる音みたやうなものだ

 俺よ
 おまへはつくづく駄目なやつだ

 駄目なやつだから
 とつとと命を仕舞ふ
 支度でもするさ……

星あかり
しづかに

おろかなる
男ひとり
影を置く

月は凍つてゐて
ものみな息を凝らし
時の刻みに
耳傾ける

冬だ
支度をするがいい


(二〇一八年十二月三十日)




  罪


いいんだ
花は
さかなくてもいいんだ

いいんだ
麥の穂は
みのらなくてもいいんだ

いいんだ
うたは
うたはれなくても

笛は
ふかれなくても

絵は
えがかれなくても

木は
彫られなくても

なみだは
こぼれなくても

空をふるはせ
ひびくものらよ

どうして
うまれてくるのか
その罪に
をののきながら


(二〇一八年一月二日)






自由詩 秘法(第一巻)ほか九篇 Copyright 石村 2019-02-01 12:06:47縦
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