旅虫
石垣憂花

遠い日の夜
私が目を覚ますと
家には誰もいませんでした。

このとき私のなかで青い虫が鳴きました。
(きいきい)


さらに遠いむかし
最後の氷河期が
始まろうとする夜
私は猿でした。
樹海ではぐれた私は
そのうち冷えていきました。

そのときも私のなかで青い虫が鳴きました。
(みいみい)


そしてもうわからないくらい
はるかむかし
二ールの野原では
キンポウゲの花が咲いておりました。
そこで誰かに別れを告げたとき、

やっぱり青い虫が鳴きました。
(くうくう)


虫はこのように
身をこわばらせながら
映像ふうの呼吸を行ない、
時間をこえて送信されてきたのです。

そして現在も
私を動かすパイロット。
虫。

さて 私は最新の乗り物なので
虫はついに目標、すなわち存在意義を
捕捉することができました。

それは
誰に読まれることもなく
何処かでこうこうと記されている
火の文字ファイヤーサイン

それに何と書かれているか、
虫はそれが知りたかったのです。


自由詩 旅虫 Copyright 石垣憂花 2005-03-28 18:10:24
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