お父さん
梓ゆい
-おかえりなさい。-
御馳走を囲んだ部屋に父がいる。
右手で柱を掴み玄関先で手を振る父がいる。
骨という抜け殻になった父が腕の中にいる。
「おいしいね。」と言って食べていた金平糖が
袋を開けないまま遺影の前に置かれている。
亡くなる一週間前
母と一緒にすき焼きをつまんでいた父。
入院中
ベッドの上からピースをして笑った父。
旅行先の伊豆で
花を眺めては嬉しそうにしていた父。
またどこかに行こうね。と
車の運転を任せてカギを手渡した父。
ほんの4年
土いじりをして芋を掘り起こしていた父。
ほんの3年前
こっそりと煙草をふかして怒られた父。
ほんの2年前
一人で車を運転して通院をしていた父。
父はビーフシチューが好きで
茹でたての蕎麦とうどんが好きで
あんこが詰まった草餅が好きで
でもそれは家族みんなと食べたいから
頑張って作り方を覚えた料理だったのかもしれない。
「お父さんと一緒なら、何を食べてもおいしかった。」
今でもずっと
記憶を掘り返しては詩を書いている。
別れを告げたときの顔は
羽織袴と相成って恰好良かったよ。
早く死ぬなんて酷いじゃないか。
もうすぐ孫が生まれてくるのに。