ちいさなちいさなことばたち 二
田中修子
「黄色い傘」
きいろい傘が咲いていて
わたしのうえに 屋根になっている
かさついた
この指は
皿を洗い刺繍をし文字を打ち
自由になりたくて
書いていたはずの文字に
とらわれている
おろかさよ
羽根だった指が
雨の日に白く
燃えあがる、よう
きいろい屋根だけが
あたたかく笑っていた
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「ねがい」
詩をいかめしいところに
座らせないでください
擦り切れてゆく手縫いの雑巾、フラミンゴ色の夕暮れ雲、磨き上げたシンク、縫いかけの針のすわるピンクッションのように
思いだせることはないけれど、想うことだけはできる
あの花色の風景のように
すぐそばにいさせてください。
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「金の王冠」
王に追われた道化が
身を投げた
翡翠のくらい、夜の海
うちあげられた
不思議の文字の浜で
ぐちゃぐちゃの体で
笑っていましたら
投げ銭くれるひとがいて
寂しかった
道化はいつのまやら
うす汚れた
冠かむった王様に
なってしまい
ありゃあ、もう、
何者でも、ありゃあ、せん。
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「秋のベンチ」
しいのみパラパラ
公園の
のざらしの
木目のベンチに
赤とんぼが二匹
座って おしゃべり
しているよ
秋ですね
秋ですよ
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「まどあかり」
とりかえしのつかないことを
うまれたことを
きずつけたことを
そんなことばかりが
海のにおいのする
いつか住む
知らない町の
やさしい窓明かりのように
胸をよぎっていくのです。
胸をよぎっていくのです。
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「空と雨」
そらは
きっと
寂しかろうに
みまもる
ばかりで
ひとりぼっちで
そらも
きっと
泣きたかろうに
なみだが
とんとん
ふって
きた
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「雷風」
かみなり びかびか
雲光る
雨宿り猫ちゃん
ままはどこ
ままはどこ
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「ギラギラとかげ」
おっきな
とかげの
ぎらんぎらん
しっぽっぽ
入道雲
夏の終わりに
ウロチョロ チョロ
夏の終わりは
さみしいかしら
羊歯にまぎれて
虫たべろ
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「どこかとおく」
どこか
とおくへ
ゆきたいけれど
どこか
とおくへ
いったって
じぶんはずっと
ついてくる
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「白い蟹」
夏の終わりの
群青のゆうぐれだ
赤ちゃんと
あまい浜辺で遊んでた
夜が
そろそろ
やってきた
中身の啄ばまれた
塩につかった
白い蟹が
パッカリ
割れた
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「ひとりの結晶」
あなたに ある
あなたにしか ない
ひとりきりでみた
あの風景が
星や 宝石 きれいなビーズや
波音に風の鳴る音に
結晶 しています。
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「路上の会話」
きん色のおひさまですね
風がいいですよ
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「てのひらいっぱい」
あなたは
宝石をなくしたと
いつも
泣いてた
紫陽花がうな垂れて
夏はおわる
さがさなくても
わたしには
よくみえた
伝えられないまま
いなくなってしまって
わたしのなかに
あなたの
美しい宝石が
とりのこされたまんま
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「まちをあるく」
息がしろいということは、からだは雨よりあたたかいのだ
まちを歩く すこしのかどを曲がるだけで 知らない花が咲いている 煉瓦の玄関が雨に 濡れて光っている
だいたいの人は
自分で決めた 自分の部屋に
住んでいる
自分で決めた自分の人生を歩んでいるのだ
雨音がからだに 滲みこんでいく
傘のした
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「いつかさよなら」
いつか
みんな
かならずね
さよならを
するんだよ
できたら
かなしくて
あたたかいもの
のこして
ゆきたい
もん