よく晴れた十月の午前
山の上の一軒家にひとりで住んでゐる松倉さと子さんのところに
郵便局員がたずねてきた。
「ごめんください、お届けものです」
「あら、何でせう」
「どうぞ、これを。すぐに開いてください。たいせつなお知らせです」
「――まあ、おどろいた。世界が今日で終はるんですつて?」
「さうなんです。あと十九分です。遅くなつて申し訳ありません」
「いえいえそんな、こんな山の上ですもの。わざわざ知らせていただいただけで十分よ」
「なんとか間に合つてよかつたです。おかげさまで、これでぜんぶ配達できました」
「それで、あなたはどうするの?あと十九分しかないなんて。今からぢやお家に戻れないでせう」
「はい、それはもう始めからわかつてましたから」
「まあ、そんな、私なんかのためにこんな遠くまで来ていただいて……ご家族の方に申し訳ないわ」
「大丈夫です。ほら、ここから五分ほど降りたところに大きな松の木があるぢやないですか」
「ええ、あるわね」
「その根元がちやうどいい案配で座れるやうになつてゐて、そこから港を見下ろす景色が素晴らしいんです。今日はいいお天気ですから島も海もよく見えます。そこでお弁当を食べながら待つつもりです。母が今朝つくつてくれたんです」
「お母さまが?まあまあ、お母さまおさびしいでせう、こんな時にあなたがお家にゐないなんて」
「でも、だいじな仕事ですから。今日出がけに、母もさう言つて見送つてくれました」
「さう……えらいわね。お母さまもあなたもえらいわ。ありがたう、ほんたうに、ありがたうね」
「どういたしまして。ぢや、私はこれで失礼します。あと十七分しかありませんから」
「さうね、さうね、少しでも早い方がいいわ」
「はい。では、失礼します。お目にかかれてよかつたです」
「ありがたうね、ほんたうに、ありがたうね。さやうなら、元気で――」
さと子さんは茶の間に戻り
あかるい窓際に置かれた遺影と骨箱に話しかけた。
「あなた、あと十七分で世界が終はるんですつて。
こんなことつて、あるのねえ。不思議だわ。
でも今日はもうお掃除もお庭の手入れも済ませましたし、
お昼のしたくもしなくていいから、
あとはずつとあなたと一緒にゐられるわ。一緒にゐませうね」
さう言つて、さと子さんは遺影に向かつてにつこり微笑んだ。
遺影の横で、さと子さんがけさ摘んできたコスモスがゆれてゐた。
(二〇一八年十月十三日)
*筆者注――本作はツイッターの創作企画「やさしい世界の終わり方」参加作品です。参照リンク:
https://twitter.com/search?q=%23%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%84%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%82%8A%E6%96%B9&src=tyah