カメラロール群像
万願寺

ずっとずーっと待ち受けていたよ。あなたが流した髪も水も薬も全部。なにを捨てたか忘れられるように、まちがわないように、いまだにひやっとする時もありますが、おおむねあなたの空がいかめしい顔つきになる前に、零してくれてほっとしています。繊細で、ときに豪胆で、基本的には暢気に、この網は機能し続けます。網のことをしらないで居てください。あなたは捨てて、もうかかわらなくて、それで心晴れやかに、ラジオを録ったり録られたり、春の代々木の公園にでも行きましょう。アイスクリームも食べてください。
どこかの、遥かなちへいせん、耳をそばだてて水のトライアングルが鳴る。きっとずっと傍で、あなたのごみ箱はたくさん記録を食べています。いいのね。もういいのね。さよならでいいのね。
消えてなくなるとあなたは信じよう。ここにはもう何もない。
困ったことに、私たちが、その断片を少しだけ持ち抱えるけれど、そのくらいはあなたに隠し通してみせます。ねえ忘れるっていいよね。苦しいも悲しいも寂しいも全部、あなたは胃から逆流させてしまうたちだけれど、それを掬う手は、いつでもあるんだよ。
全部捨てて。この網が、きれいな砂金の部分だけ、きらきら持ち越しておいてあげます。もう後から見たらそんなのは髪だか水だか薬だか、なんだかわからなくなりましょう。あなたのきらきらは、常にどこにも存在していて、吐き出す中にも一定量含有される。それはね、きちんと残っていますから。あなたは全部忘れたと思ってください。
でもきらきらだけは、遺っていますから。無数の死体のしたに、光の粉がすこし撒かれている。それを見逃す私たちではありませんから。
ようよう自分を捨ててください。ごみ箱は、網は、あなたの今までを、全部は捨てさせないのです。生まれ変わろうなんて無理。あなたはあなた。ここにのこった砂金のつぶが、あなたがいなくなっても遺ります。非常にうっとうしいお話だとは思うけれども、何もかもを失うことは人間にはゆるされない。かわいそうな人間。私たちはあなたのたくさんの取りこぼしを、しかるべき輝きで保存していますから。
前だけ見れば、つらいこともないはずです、あたりまえに後ろや下はあなたは見る必要がない。私たちの事を知る必要は無い。でも時々は電話をかけましょうか。過去はわらってあなたを懐かしみますよ。あなたはそれをどうか、わずらわしく思って。


自由詩 カメラロール群像 Copyright 万願寺 2018-09-05 08:53:05
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