からまるイヤホン
高林 光

ふたつのアイスコーヒーをはさんで向かいに座る女の
喉元に何故かイヤホンプラグが刺さっていて
女は何かを話しているらしいのだけれど
ぼくには何も聞こえない

滑稽に口を動かしている女は
穏やかな笑みを口元に湛えていて
ぼくには何も聞こえないけれど
なんとなく安心はしている
女の喉元から伸びるイヤホンの先が
無造作にテーブルにころがっているが
その言葉を聞く必要はないような気がして
ぼくは女の顔を見ながら
時折、うなずいたりもしてみた

そのうち、不意に女の口元がゆがんで
目を大きく見開き、じっとこちらを見ている
女のゆがんだ口元が大きく開いて
何かを言っているようだ。ぼくには聞こえないのだけれど
怒気に満ちているらしい。それは伝わる
あわててテーブルにころがるイヤホンの先を
左耳に差し込んでみたけれど
聞こえてきたのは
二人で行った雑貨屋のおしゃれなマグカップの話で
その軽やかな口調と女の表情とが
まるで一流の腹話術でも見ているように
なにひとつ調和しない

女は不意に立ち上がり
その拍子に喉元のジャックからイヤホンが抜けた
ぼくはようやく本当の言葉が聞けると思って
左耳からイヤホンを外したのだけれど
女は黙ったまま
醒めた目でぼくを見つめている


自由詩 からまるイヤホン Copyright 高林 光 2018-08-23 08:59:09
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