口先だけじゃどうにもならないよ、きみ
ホロウ・シカエルボク


綿密に編み込まれた絨毯のように
今夜の気分はどこのどれとも言い難いものだった
沖縄辺りで停滞している台風のせいで
エアコンをつけていてもじめついた部屋だった
アリスが自殺した小僧の尻を叩いているアルバムを流して
クラックのように窓の外で壁を叩く雨の音を聞いていた
いままでに何度、こんな時間の気分のことを書いたっけ?
思い出せないほどの昔まで遡る気にはならず
そう、またひとつ
キーボードが旋律を増やしていく

「詩とは」「音楽とは」などと
まことしやかに語るやつが居る
「わたしはこう思うのです」って程度の話を
まるで絶対的な正解のように
詩は何処にも向かわない
それに正解があるなら
少なくとも俺ははじめから手を付けない
大河の流れをあちこちですくって
水の味を記していくようなものだから

知っていることなんか放っておくべき
知らないことに手を伸ばして
それがどんな感触なのかを確かめる
それは身体に残るときと残らない時がある
それは決して自分では選択することが出来ない
川底の砂のように
残るものは残り残れないものは流れていく

「もう七月ですよ、早いですね」なんて
当たり障りのないことを言いながら時が過ぎて行く
そんな自分に辟易するような歳はもう過ぎた
長く生きてりゃそんな話をする時間もあるものだ
そんな話をする必要のない時間に
どんなことをして生きるのかというのが重要なのさ
とはいえ
青筋立てて馬鹿みたいに書けとか
瞑想をしてから書けとか
そんなことを言ってるわけじゃない
一番大事にしているものは
うたた寝してたってどこかからすりよって来るものさ

もっともらしいことを言わなきゃ不安なのかい
あからさまに正しいものに依存しなければ
晩飯を食うことすらままならないのかい
なにかを拠りどころにするたびに
アイデンティティは空っぽに等しくなるんだぜ
俺は大人になった振りなんかしない
俺に必要なものは見栄や面子なんかじゃない
しいて言うなら毎日のあらゆる場所に
その日の俺の破片を落としていくことさ

おお、激しい雨だ
激しい雨が降っているんだ、なんて
どっかで聞いたようなフレーズが似合う真夜中だ
ハード・レインは非日常だ、そう思わない?
そういう時には記憶のフィルムも見え方が少し違う気がするよ

晩飯のあと、ダメ押しで掻きこんだトーストとコーヒーが
まだ胃袋で収まるべき場所を探している
こんなものを書き始めたのはきっとそのせいさ
眠る前にもう少し
エネルギーを使わなくちゃいけないのさ

不思議な話なんだけど
ここ二年ぐらいで少し背が伸びたんだ
成長期が終わってから何十年も経つのにさ
顔が変わり、身体つきが変わり
声だって少しは変わる
もちろん、詩の書き方だってね
そしてそれはそれぞれがとてもいい感じに
俺が求め続けてるかたちに近付いているように思うのさ
自分というのは時間を掛けて成るものだ
すべてのことを知ろうとしながら
知らないまんまで居なくっちゃ



自由詩 口先だけじゃどうにもならないよ、きみ Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-07-02 00:12:00縦
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