のぞみの受難
ペペロ

のぞみはランドセルを部屋に放りこんで食卓に走った。
お皿にのったいろんなお菓子のうち数個をポッケにつめて玄関をでた。
時間がない。塾に間に合わない。遅刻すると先生は逃げてるとか言う。逃げてはいない。よく遅刻するのは自転車がないからだ。
それと塾までの道が呪われていることも、たまに原因だ。
水曜日は部活があってそれから家にランドセルを置いて塾。ランドセルは塾に持ってきたら駄目。
このまえ塾に向かっていたら目の前に刃物を振り回している男のひとがいた。
通り抜けなきゃ塾に間に合わない。ランドセルがあれば盾になるのに。
ひとりひとが倒れていた。刃物にやられたのだ。
のぞみはすこし引き返して迂回することにした。現場に背をむけて走った。膝が笑っていた。
その日の帰り、そこは警察やテレビ局ややじうまでがやがやしていた。人混みをくぐって、のぞみは家路を駆けていった。パトカーの赤や白い光線が交錯していた。倒れてたひとは死んだ。
一年まえもこの道が突然陥没してテレビにも映った。あのときは消防車が十台くらい来てた。消防車が一台一台形が違うことをはじめて知った。ニュースで陥没する時間が少しでも早かったり遅かったりしたら大惨事になっていたとか言っていた。なんかおかしいなと思ったひとが通報したらしい。
なんでか今日はそんなことばかり思い出しながら塾までの道を走っていた。いつもは考えないようにしているのに。
この道は呪われているとか、昔太い木を伐った祟りだとか、小学校でもうわさになっていた。のぞみはうわさ話に加わらなかった。
車が壁にぶつかったような音がして、うしろで女性の叫び声がした。またなにか起こったのだ。のぞみの頭になにかが当たった。
立ち止まって頭を手で押さえたらなにも付いていなかった。よこを見たら靴がひとつ転がっている。お天気占いみたいに転がっている。曇り。
うしろを振り向くと変形した男のひとが倒れていた。
のぞみはうえを見た。マンションだ。飛び降りだ。
のぞみはなぜ男のひとがじぶんに当たらなかったのかを考えてハッとして、また塾までの道を走った。
ほんとうにこの道は受難の道だ。
ポケットをさぐる手がふるえている。指がかってに動く。コントロール出来ない。小分けした袋に入っているビスケットが取り出せない。
のぞみはお菓子をあきらめた。
胸と鼻が暗くじんじんと締めつけられて、のぞみはさびしい気持ちになった。
自転車が欲しいなあ。
こんなことしてたら、いつかじぶんもこの道で死んでしまう。
じぶんが死ぬのもお母さんが死ぬのもお父さんが死ぬのもいやだ。あの男のひとで良かった。自転車が欲しい。あぶなくなんかない。こっちのほうがよっぽどあぶない。
駆けててからだにくる振動がみじめだった。悲しかった。泣けてきた。
道が陥没したり、ひとが殺されたり、落ちてきたり、考えてみたらむちゃくちゃだ。ばかにしてる。
のぞみはいつかこの道に埋められて、これからこんなことがいっさい起こらないよう、じぶんが生け贄になるような気がした。するとまたしっかりと走れた。目の前がきゅうにはっきりとして、指のふるえがやんだ。
生け贄のことを考えると、体がしっかりするのかも知れない。
生け贄になったらみんなじぶんを踏みつけては感謝もするだろう。でもやがては踏みつけるだけになるだろう。
生け贄のことを考えつづけていると、またしっかり走れなくなった。のぞみは空気に溶けて、生きている実感が抜けていくようだった。
感謝はいらないのに、だけど感謝されなくなるのもいやだ。こんな妄想って、生け贄になることがほぼ決まってるみたいじゃん。
自転車に乗ろう。のぞみは駆けながらつよく思った。
生け贄なんかいや。逃げてなんかない。のぞみは立ち向かうように走った。買ってもらおう。のぞみは自転車をこぐように走った。
足がまわる。くるくるまわる。両うでのあいだにまっすぐな道。呪われるまえのまっすぐな道。
自転車をこぎにこいだ。足が浮いていく。サドルにおしりをのっけている感覚がない。宙に浮いて、風に溶けて、空気に溶けて、生きている実感が抜けていくようなのぞみの気持ちがぺろっとうらがえった。
生き抜いてやる、そう思った。









自由詩 のぞみの受難 Copyright ペペロ 2018-06-16 23:31:58
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