丸鏡の向こうのわが家
田中修子
うつくしい家にかえる
秋の赤みをおびた夕暮れ色のレンガをふむ
玄関にはアール・ヌーヴォ風の
金色のふちの大きな丸鏡にむかえられる
この丸鏡の前に花瓶をおき
庭に咲いた花を飾る
と鏡の向こうの玄関にも花が咲く
(いまの季節なら手まり咲きの
まだ緑色のところがうっすら奥にのこっている
この株の大きくなりすぎた青い紫陽花
おとなりにはみ出してしまいそうな枝のを)
母と父 祖母 妹と兄
すべてのあこがれがこめられたこの家の
胸に閉ざした
秘密
この家はわたしの家ではない
あのころ見捨てられたわたしはいまもどこかで
やさしいほんとうの家族に見守られながら
眠りこけているだろう
夕暮れ色の煉瓦の階段から続くバルコニー
淡いきみどりののハナミズキの葉影に
おだやかに泳ぐ甕のめだかたち
白いドアをひらき
金色のアール・ヌーヴォ調の鏡
ただいま