アフリカツイン
あおば
今年の雨季は短く
降水量が絶対的に不足している
ほんの少ししか降らなかった
日でりが続き
木々は葉をすっかり落とし、草は枯れ
歩ける動物たちは姿を消した
ワニもいつのまにかいなくなった
河はすっかり涸れて河床の
粘土が固くなり道路のように
鈍く光っている
この沼は湧き水が在ったので
今でも僅か水が残っている
浅い泥水の中では
行き場のない大きな魚達が
うろうろしている
互いに身体をぶつけ合い
在るはずのない逃げ道を探している
湧水が涸れた今、日に日に
水の粘度は増し水深は浅くなる
小さいもの、弱いものは
とっくに死に絶えた
空はどこまでも青く
一筋の雲もなく
太陽は渾身の力を込める
今もたっぷりの放射光が
熱となり光りとなり
音を立ててこの沼に注ぎ込む
河が干上がったので
退路を絶たれたものには
もうジャンプして跳び超そうにも
這いずってゆこうにも
小川も乾季の逃げ場の淵も無い
押し合い、圧し合い消耗してゆく
はるか天籟が鳴る、遠雷か
陽炎の彼方から
湿ったツインの排気音が
先にやってきた
アフリカツインがやってきたのだ
堅い河床をしっかり踏みしめ
ツインのトルクをのせて
見る間にスピードを上げて
現われた
大きな駱駝のような姿に
ヘッドライトを二つ点灯し
何事も無いかのように
跳んで来る
目的地はここなのか
見ているうちに2ndギヤに減速し
僅かに湿った沼の縁を泥濘を
懐かしげに踏みしめてから
泥水の様子を一瞥すると
何ごともなかったかのように
再び、河の源流を目指し
加速した
後輪タイヤから
湿った土塊が放射して
軽い水音を立てた
重たいエキゾーストの音が
一度だけ辺りを支配した
すぐに
強烈な太陽は有無を言わさず
絶対的な権威を取り戻し
沼のほとりのタイヤの跡は
いつまでも残っていた
あと何日かすると雨季も終わり
本物の乾季になって
アフリカツインはもう来ない
注
アフリカツイン
1986年度パリ−ダカールラリー優勝車HONDA NXR750のレプリカとして1987年に市販された650ccオフローダー。
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初出 1999.12 WEB”MEW”投稿
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モーターサイクル(バイク)