白い小舟
オキ

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 その病院は川のほとりにあって、少女の入院している病室の窓から、河口の様子がよく見えた。河口に近い岸には、小舟が何艘も繫留されていた。そのうちの一艘の白い小舟を、少女はことのほか愛していた。小舟自体は白いのだが、誰にも構って貰えなくて、とても汚れて見えた。
「あのお舟をきれいに洗ってあげたいわ」
 少女は窓から小舟を見る度に、そう思っていた。
「私が退院したら、あの舟のところに行って、バケツで水をすくって、かけてあげるの。何杯水をかけたら、きれいになるかしら」
 そんなことを考えて日を送っているうちに、大きな嵐がやって来た。嵐は大雨を降らせた。窓から覗いても、雨で外は見えなかった。
 嵐がおさまった翌日の朝、少女が目を覚まして窓を覗くと、舟は消えていた。あの白い舟だけでなく、一艘もなかった。
 その夜少女は夢を見ていた。白い舟を先頭にして、何艘もの舟が一列に繋がって、海から空へと昇って行くのだ。
 先頭の白い小舟はあの大雨に洗われたのか、汚れなど一つもなく、ピカピカに耀いて、しかも舟には、蜜柑が山となって積まれていたのだ。
「天国にお見舞いに行くんだわ」
 そう呟いて自分の頭を叩いた。天国に病気など無く、それなら病院なんか、ないにちがいないと、思えたからである。
「ではあの舟は、どこへ行くのかしら」
 少女は夢の中で考え込んだ。そして、こんな結論に導かれた。
「あれはね、地上で大好きな蜜柑も食べられなかった、不幸な子たちにプレゼントするためなんだわ」
 そう考えると、頭がすっきりしてきて、嬉しくなった。
「天国には、満たされなかった地上のことを、懐かしく、そして哀しく想い出している子もいるのよ」
 少女にはそれが、夢ではなく、現実に起こったことのように思えてならなかった。
 そのしるしのように、いくら窓から覗いても、あの白い小舟が消えていたからだ。

  おわり
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自由詩 白い小舟 Copyright オキ 2018-04-18 13:35:17
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