くちなわ
もとこ
闇の中で白い背中を
反り返らせていた君は
この夜が明ける前に
大人の女になってしまい
すっかり明るくなる頃には
どこか遠い林の中で
樹液を啜っているだろう
君と初めて出会ったのは
くちなわという名の細い坂
まだ春も浅い午後に
名も知らぬ薄紫の花を
スケッチしていた時のこと
通りがかった君は
尋ねもしないのに
「その花の名は……」と
耳に心地よい声で
僕に向かって囁いた
だけど今となっては
どうしても思い出せないのだ
確かに教えてもらったはずの
あの薄紫の花の名前を
そしてあの時の君がなぜ
紅い涙を流していたのかも