かしゃん星
田中修子

僕の体の中には沢山のコップがあって、塩辛い青い涙や大輪の向日葵みたいな喜びや夕日の落ちる切なさがそれぞれに詰まっている。コップは多分千以上あってそれぞれの感情を綺麗に整理してくれるんだ。必要なときに必要なだけ涙や、笑みを供給してくれて、その中には君への恋心もちゃんと入ってる。恋心の色はとても複雑だよ、暖かくて冷たく、まばたきごとにうつりかわるよな金色まじりの夕暮れさ。

だけどなんでだろうね。最近君へのコップがわけもなく暴れだすんだ。いちばん薄玻璃のに選んで入れたのがよくなかったのかな。たとえば君が煙草を吸っているとき、僕の体にしなだれかかってくるとき、先にひとりで眠ってしまうとき、体の中からゴトゴトと音がする。覗けば、僕の中の君が夕暮れにうんと跳ねて、コップを揺らしていて、その飛ぶ姿に見惚れちまって涙も出ないよ。

予感なんだ。予感がする。近いうちにコップが倒れて、中身が流れ去っていく。

君はほかのひとを好きになるようなことはしない、真っ直ぐな瞳をしているからそんな汚らわしいことは出来ないだろう。そうしてその瞳が僕を裁くのだ。君は何時気付くかな、僕がとても汚れているということ、自分で自分の周りに張り巡らせた繭のような白いガーゼに、もう赤い汚れは染み出ていた。君はもう軽蔑し出している。僕は君よりも先に君の気持ちに気付いていて、終わらせようね。

脆い硝子の、コップが、崩れ去ろうとしている。ひとつの軽やかに張り裂けるくらい甘い終わりだよ。

コト、コトコトコト、かしゃん。

ああ、青い夕暮れに一番星きらきらと光る。


散文(批評随筆小説等) かしゃん星 Copyright 田中修子 2018-03-30 20:33:21縦
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