あの頃と同じように赤い
ホロウ・シカエルボク


ほんのすこし長く
少年で居過ぎたのさ
膨大な時計の回転のなかで
上手くやるコツを見過ごしてしまった
高速鉄道の窓から見える景色に限りがあるように
自分の思うがままに走り過ぎたのさ
ごらんよ、手のひらのインクの汚れを
あたらしい仕事のために書きものをしていたんだろ
真夜中過ぎまで眠れなくなったのは
ほんとうはすべてのことを判ってるってことなのさ
青写真のほとんどを破り捨てざるを得なかったのに
今だって出来るつもりでいる
そして真夜中にワードを立ち上げている
おれはとても人目を引くよ
でもそれはだれも居ない廃屋の窓から差し込む光のような
空っぽで居続けているせいなんだ
明日と去年の違いが判らない、
そんな人生を
おれはこれからも生きようとしているんだ
そこにあるのは決して自分だけの世界ではないというのに
つけっぱなしのテレビで流れているのは盛大な宇宙戦争の映画さ
でもそんなものにはまるで興味を持っていない
いつからかそれはひとりごとのように画面だけを垂れ流している
その戦場ではだれも死んでいないことを
その映画を真剣に観ている連中よりはすこしだけよく知っている
おれの書いているものだってそれによく似ているからだ
おれの主人公は
レーザーガンをぶっ放したりはしないけれど
テレビを消して
めちゃくちゃな音楽を流す
ずっと悲鳴が響き続けているみたいな音楽さ
そうとも、おれの人生は
ずっとそんなようなものだったんだ
昔っから喋り過ぎるくせがあった
特典映像が本編よりも長い映画のDVDみたいに
綴った言葉よりも語った言葉のほうがずっと多かった
(もしかしたらそれは騙っていたのかもしれないね)
インスタントコーヒーを飲みたいと思ったけれどもう歯を磨いてしまった
だから苦々しいなにかを思い出そうとして
痴呆症の老人が障子を破るみたいにキーボードを鳴らしている
まだ買って数年あまりのそのノートパソコンのキーボードは
どういうわけか「A」のキーだけがほんのすこし浮いている
言葉はからになることがない
もう二十年以上こうして書き続けている
言葉はからになることがなかった
でもそこからなにかが生まれていくこともそんなにはなかった
友人が何人か出来たことは喜ばしいことだった
そいつらもみんな歳をとった
おそらくはみんな同じように、少年で居過ぎたようななりで
「大人になんかなるもんか」なんて、そんな歌が昔あったけれど
大人になれるやつはそんなことうたったりしないものさ
十代を塞ぎ込んだやつらは
ずっとそんな気分を持ち続けて生きるしかないものだ
おれは今そのことをとてもよく知っている
薄っぺらいヒットソングが夢を語っているのを
カナル型のヘッドホンを耳に突っ込んでよどんだ白目で歩いているやつらを横目で見ながら
おれはずっとそんな気分を持ち続けて生きてきた
変ったことと言えば音楽がデジタルデータになったことくらいさ
友人たちよ、おれはまだここに居る、ここに居て、悪あがきを続けている
もしもまだおれの声が届くところにいるなら
もしもおれの言っていることが理解出来るというのなら
きみのあたらしい言葉を
年老いた少年であるきみのあたらしい言葉を
果し状のようにおれに突きつけてはくれないか
案ずることはないよ、それは馴れ合いにはならない
おれたちはきっと大人になることなんかないからだ
道端で長々と天気の話をしたり
薄っぺらい政治批判をすることなんか一生ないからだ
おれたちはすべてをさらけ出して出会ったから
訳知り顔をしてみせる必要なんてどこにもないってことさ
ずっと悲鳴が響き続けているような音楽が好きなんだ
おれの人生も昔っからそんなようなものだったからさ



自由詩 あの頃と同じように赤い Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-03-25 01:29:07
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