金の林檎
ただのみきや
エンジンを切った軽ワゴンの屋根を打つ
冷たい春の雨のリズム
捉えきれないπの螺旋を
上るでも下るでもなく蝶のタクトで
震えている灰を纏って朝は皮膚病の猫に似る
考えている
りんごの皮を剥く指先は
なるべく薄く途切れずに
考えている
美しくこぼれる指先は裸で
転がしている果肉に刃あてて
考えている
おれそりうごめいて指先は
静止を重ね記憶を連ね
こみ上げて押し寄せるものに言葉を着せる
人も手足も千切れて流されて
もの言わぬ貝殻や流木となって辿り着いた
悲しみは精製されうるのか
生きることで暴かれる嘘があるのか
ひとつの愛 ひとつの美が いま腐る――
嘆き続けるカモメが海から遠い街の空を二羽
互いに独白するだけの男と女のよう
悲哀だけを滲ませて空は顔色を変えなかった
――わたしは一羽
太陽のように燃えて
月のように冷たい
金の林檎を探している
どこにも存在しないものだから
自分の中へ墜ちるだけ
あの日
浜に上がった死体を啄んだ
たまたまもう一羽
となりで啄んだだけの
そんな関係だった
ここには海の匂いはしない
苦い雨に瞳は溶けて
もうなんにも見えていない
《金の林檎:2018年3月10日》