一人の世界
ヒヤシンス
僕は僕の書斎でもうしばらく忘れ去られていた小箱を眺めている。
小箱の蓋には何かで削られたような痕が残っていた。
その時、ふっと風が吹いた。
壁に架かる絵画の中で少女がブランコに乗って静かに揺れた。
窓辺に置いたクレマチスは青い吐息のようだった。
午前の風は爽やかな香りを僕に届けた。
テーブルには淹れたての珈琲と小さな箱。
壁の少女は微笑みながらブランコを揺らしている。
さあ、そろそろ時間だよ。
僕の足元にシャムが寄って来て小声で囁いた。
僕はいつしか大きな愛と幸福に包まれていたあの頃へ戻っていた。
小さな僕の前で箱は開けられた。
中には僕の夢と沢山の思い出が入っていた。
母が星になった夜、僕は蓋に刻まれた母という文字を消したんだ。