上手く眠れないのならなにかほかのことを
ホロウ・シカエルボク



もやのたちこめる裏通りを
うす汚れた天使が歩いている
ショック・ロックな服を着て
まるでアリスのダンサーさ

彼女のポケットにはリコリススティックと
ショート・ホープが二箱
滅多に食べないし
最近じゃ吸うこともなくなったけど
その重みがないと
落ち着かないって言うんだ
彼女は、いま
退屈しのぎのイラストを描くためのノートを
どこかで購入しようとまだ開いている店を探しているところ

そしてその彼女がさっき通り過ぎたコインランドリーで
全財産と言える数着の衣服を洗濯している男は
車の雑誌を読みながら
一二〇〇馬力で世界を呪っている
巨大なドラムが回転する音を聞きながら
そうすることでしか報われない魂を鎮めるすべを知らない
最後のページを読み終えてしまったら
なにもしないで汚れたフロアーを見つめているだけなのだ

ランドリーから二〇〇メートル歩いたところにある
レトロなゲームセンターのなかには
毎晩のようにアウトランの記録を更新しようと
小鼻を膨らませている女が居る
彼女はどこかの高校の英語教師で
年頃だが独身で相手も居ない
仕事以外はなにもかもが面倒臭くて
そこに居るときだけは無邪気に遊ぶことが出来る
ちなみに
そのゲームのハイスコアに刻まれた名前は
アリスのダンサーみたいななりのあの女さ

ストアの店主はいつも
「いらっしゃい」と静かな声で言う
なにかに気を取られていると聞き取れないくらいの声だ
そういう男だから店の片隅のレジの前に一日中座っていられる
チャールズ・ブコウスキーから狂気を全部抜いたような老人で
店内にはいつもクラシック映画のサウンドトラックが流れている
スカスカの棚には
いつも訪れる客のためだけの商品がぽつぽつと陳列されている
店主はあまり表情を変えない
客が店を出ていくときだけ微笑んだのかもしれないというような顔をする

ストアから大通りを北に渡ったところにあるガス・スタンドでは
この街を一度出ていった女が深夜番をしている
本当は女が一人で夜中に働くことは推奨されていないのだが
彼女は街を出て行く前にもここで長いこと務めていて
なにをすればいいのかということをすべて理解していたので
すべての人間が納得した上でそうして働いている
実際彼女の働きっぷりは大したもので
夜中じゅう騒いでいる荒くれものたちも彼女の仕事には一目置いている
ただ誰も彼女が本当に笑っている顔は見たことがない
洗車コーナーには大きなアイルトン・セナのフラッグがぶら下がっている

そのスタンドのさらに北にある駅では
最終まであと三本というところで休憩に入った駅員が居た
窓のない小部屋で
まだ若い細身の駅員はジタンを吹かし
天井の隅をじっと眺めている
まるで虫を見つけたときの猫みたいに
身じろぎもせずに静かに眺めている
それは休憩というよりは断線のように見える

街のあちこちで
ほとんどの建物の明かりが落ちて
そのどれでもないわずかな建物が明かりを灯す
それぞれの明かりにそれぞれの目的があって
いろいろな連中が様々な
様々な感情を抱えて立ったり座ったり
誰かと並んでベッドに横になったりしている
ラジオはロマンチックなインストルメンタルや
セクシーなジャズを流して
ぼんやりした照明をほんの少しだけ眩しいと錯覚させる

アルチュール・ランボーの嫌になるくらい有名なあの詩から店名を頂戴した
街外れの小さなバーで二人の男女が
嫌になるくらい憎み合って汚い言葉を浴びせ合っている
数十分前までは嫌になるくらい仲睦まじい恋人同士だったらしい
挙句の果てはWWEのレスラーみたいに張り手を打ち合って
スツールを蹴り倒しそうなほどの勢いで着飾った女は店を出て行った
着飾った男はバーテンに勘定を払いながら騒がせた詫びを言う
バーテンはほんのわずかな首の動きだけで
「なに、よくあることですよ、誰も気にしちゃいないですよ」
と語る
エルビス・コステロの猛毒を含んだポップスが流れている

イエロー・キャブを流している中年の男は
衰え始めた自分にいらだちを隠せないでいる
この街に来た頃には様々な思いを抱えていたのに
いまではまともそうな客をどれぐらい拾えるかということだけを考えている
四番街の角で誰かが手を上げる
アリス・クーパーの後ろでダンスでも踊ってそうな若い女だ
彼は若いころアリスのファンだったので思わず女に向かってそう言った
女はふんと鼻を鳴らして
「それも悪くはないけど」
「マリリン・マンソンよ」
「あっそ」
男は運転手に戻って行く先を尋ねる
「まだ決めてないの」と女は言う
「あのさ」と男はエンジンを切る
「からかってるんなら降りてくれよ」
違うの、と女は静かに言う
「ノートを買いに来てて…それはもう買ったんだけど」
「なんだかまっすぐ家に帰る気にならなくて」
「そうだわ、しばらく大通りを流してよ、あまり飛ばさないで―わたしが家に帰りたくなるまで、何度も何度も走ってくれない?」
男は鼻からため息をつく
「それがタクシーの役目かどうかわからないけど」
「今日はあまり売り上げが良くないからな―金は持ってるんだろうな」
女は当然よ、という顔で頷く
「それなら仕方ないな」男は再びエンジンをかけて、アクセルを踏み込む

草臥れた夜が始まった大通りを、目的のないタクシーはゆっくりと進んでいく
二人にそれ以上の会話はなく
タクシーのエアコンには十二月を駆逐するだけの意地がない




自由詩 上手く眠れないのならなにかほかのことを Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-12-26 22:37:32
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