この冬最後の雪が降る
鶴橋からの便り


病院へ行く途中 雪が降り出した
胸のつかえを下すように 真っ白な雪が舞う
そういえばおふくろにとって この冬は災難だった
命と迎え合わせの病棟で 時を刻んできた

病棟の真ん中にある いつもの部屋で
痰を吐きだす薬を吸っている

時計の振子のように 切られた体揺すりながら
時計の振子のように 痛めた体揺すりながら
この冬最後の雪が降る この冬最後の雪が降る
暖かい春を我が家で 過ごさせてあげたい

おふくろの両親は はやく亡くなったから
妹や弟のために 働きについたという
都会を夢見ながら おやじの元に嫁ぎ
ささやかな暮らしの中で 僕を生み育てた

いつもように訪れた おふくろの病室は
いつもちがう空気に 包まれていた

おふくろを抱き 名前を呼んだ 
「おかあちゃん」とほほを打った
おふくろを抱き 名前を呼んだ 
「おかあちゃん」と何度も呼んだ
春はもう目の前なのに おふくろは深く目を閉じて
そして静かに息途絶え 一粒涙がこぼれていった

春の一日手前で 
おふくろは 永い眠りについた
春の一日手前で 
おふくろは 僕の心に引っ越した





自由詩 この冬最後の雪が降る Copyright 鶴橋からの便り 2017-11-25 23:24:30
notebook Home 戻る