卒塔婆を背負いて山をゆく
渡辺八畳@祝儀敷
県道沿いの山は粘土質だ。
いつも湿っていて、
一歩ごとに靴底へべったりと張り付く。
私は墨染みた卒塔婆を背負っては、
暗き夜に忍び歩く。
夜露は私の身体をぬらす。
ぬれながら、泥で汚れながら、なおも忍び歩く。
木の葉の隙間をかいくぐって、
向こうの街から熱電球の明りが刺してくる。
トラックが轟音をうならせて県道を通過する。
鉄塊のようなその音がアスファルトに反響している。
卒塔婆は盗んできたものだ。
あまりにも古くて、朽ちつつある。
私に書かれている文字は読めなく、
まるで卒塔婆を這う無数の小さな蛇にしか見えない。
その卒塔婆を背負って私は山をゆく。
半分腐った草の感触が足を侵す。
湿った卒塔婆は私の背に吸いつく。
墨染の蛇たちは私を冷たく見下ろす。
街からの鮮やかな喧噪は葉で遮られている。
ねっとりとじめじめした山肌を踏みしめ、
闇に溶け込むが如く忍び歩く。
そして誰も見ない山奥に着いたら、
私はそこに深々と腰を下ろす。
草葉からの湿気でひどく息苦しい。
背中の卒塔婆を両手でがっちり掴み、
高々と上げた。
板目は月の光に鈍く答える。
私は卒塔婆を、墓に刺さっていたほうから、
文字の書かれている先のほうへと、
ゆっくり順々に舐めていく。
黒い蛇たちは私の唾液にぬれてつややく。
卒塔婆に付いた泥が口の中に入っていく。
泥は粘膜を汚していく。