いつも目にすると じっと眺めてしまうポスターがある

それは古い写真のポスターで

エンパイアーステートビルの建設当時の労働者たちの写真だ

高い高い鉄骨に並んで腰かけて

命綱も付けずに笑っている

(安全帯そのものが当時は無かったのかもしれない)





その写真は





いつも俺の生身の心臓を素手でつかむ






命綱もなしに














梅田なんば京都神戸
関西で四支店しかなかった事務所は
数年のうちに百手前まで膨れ上がった
あの頃 未曽有の不景気で でも
不景気を出汁にして栄える商売もあるんだから社会は面白い
人材を抱えたくない企業と企業に仕えたくない若者をつなぐ
すばらしき人材派遣会社
使い捨ての労働力 ワーキングプアーのあたたかな温床
月曜日はセメント袋をかついで穴を掘り
水曜日はスーツを着てコールセンターでデータを入力し
金曜日はマンモス物流倉庫でユニクロのフリースを検品し
日曜日には市場に糸と麻を買いに行った
コンプライアンスなんて言葉は当時は無かった

だが或る日 風が止んだ





ＪＴＢ日本旅行クラブツーリズム阪急交通社
ど～んとお土産付き日帰り食べ放題ツアー
秋の小京都をゆく！癒しの旅おひとり様12800円
企画し販売し集客し催行されたのち
売り上げを回収しリベートを払う
トイレ休憩で土産物コーナーに立ち寄った観光バスのドライバーに
ひとり100円×40名のマージンを支払い
漁港で2000円で競り落とした蟹を20000円で提供し
シーズンに向けた目玉ツアーのアイデアに悩む担当者に地元の名勝をプレゼンした

だが或る日 潮目が変わった







新型ＰＨＥＶ　昼夜24時間稼働　ベルトコンベアー
今週は7：45～16：45勤プラス1.5Ｈ残業
来週は19：45～4：45勤プラス2Ｈ残業
行き先はノースアメリカ中国イスラエルアルゼンチン国内カナダブラジル
月給が217500円
昼夜交代勤手当てが47000円
皆勤手当が三か月ごとに180000円
寮費無料ガス電気水道代無料
朝食夕食無料
甲は乙を雇用し、乙は甲に雇用される。
以下の場合においては、甲は乙との労働契約を解消する権利を有するものとする。
①　乙が死亡した時。
②　円高の時。
③　甲が適切であると判断した時。
また、甲は乙の生死を一括管理する権利を有し、乙は甲に従うものとする。


だが或る日

陽が差した









不意に光が差して
スイッチを押したみたいに ぐん と明るさが増した

前ばかり見て上をお留守にしていたから
雲が退いてゆくさまを気に留めていなかったんだな

だがいいじゃないかそれで
今はそれを幸いにして進もう
まだ先は長いから


消えてゆく雲を


笑う必要も思う義務もないさ



トルストイも言っていたじゃないか
光あるうちに光の中を往けと
迷わず行けよ行けば分かるさ元気ですかと













気が付けばもう
道は長く
ふるさとは遠く
愛する人も無い


けれど
憎むことも
怒ることも
悲しみや諦めも特に無い


働くために働き
生きるために生きて
路傍の野草になりたい
市井の石でありたい


他に神様にねだりたい物は無い







死ぬ時は







たとえそれが沈む船から逃げる道であったとしても


それは進む道なんだと俺だけは俺に言ってやりたい





名もなき鼠のように


あのポスターの中の鳶たちのように