ただのみきや

骨から 時は 流れ
燃えるように 影もなく
匂いはないが 音はして
もの皆しめし合わせたように
口をつぐむ
秒針だけが雄弁な代行人を装った
あの 内耳に包まれる かつて
なにかの一部だった
真砂たちの囁きのような
見えない泡の消失


わたしたちは窓ガラスの内側で
二度と逃げ出すことのできない蜂の震動を
幼子の頬で感じ続けるしかなかった
見つめるという天然の束縛の中で
莢を被った盲目でしかないことに気がつくと
生まれたての恐怖が奇形の手足を生やす前に
落下に委ねなければならなかった
熟れてなお苦い果実のように
血で汚すささやかな謂れを模索しながら
窓ガラスのこちら側で蜂は死んだ
寸分たがわず縞模様も美しいそのままで


骨を 落として 逝った
男はヒナゲシの季節へ帰りたかった
石鹸箱の中で骨が囀ると身体がねじれた
蛇のように身をよじっても
掻き毟るためには猿のような手が必要だった
「おれは二息歩行の鵺……
青い顔のポストを見ると欲情して交尾した
無精子症――一方的で返信不要の
舗装された道路はどこまでも続いていて
頭の中を歩いている気分になる
試しにヒナゲシを探してみたが無駄だった
「骨を捨てなきゃ正気に戻る
「正気め 車に轢かれて死んじまえ!
「いつの頃かホームランボールだった気がする
「強烈なインパクトで打たれ力が全身を波打って
「真っ白になって何光年も飛ばされたような
「だけどおれはヤクの売人でもなければ浮浪者でもない
「腐った果実を投げつける怠け者の労働者だ
アダプターがないから
どんなにのばしてみてもつながらない
切って切ってもヒナゲシは淡く灯らずに
夏草の幽霊たちが揺れていたあの道が
糸のように細くなってしまう
顔を歪め釣り上げられる魚だった
男は癇癪を起して
白い舗装道路を胸に突き刺し直結した
すると日没に向かって鴉が一斉に歓喜を舞った
男の影も大きな鴉のようだったが
むかし愛した女の一番小さな黒子よりも微小な
存在でしかなかった どこにどう分類しても
ヒナゲシが血の流れを辿って
路肩に咲き乱れるはずだったのに
ブチブチと傷を押し広げ現れ出たのは
肉団子をつなげた人形だった
下手くそな 造形の 分身が
こらえても 必死に おさえても 
止められない 不細工で 生臭いパロディが
歯を食いしばってもだめだった
生肉人形が何体も 丸出しで恥ずかし気もなく
ヨタヨタと 聞きたくない耳障りな声で
酔っ払いや 知恵遅れの子供が
デモ隊を真似て叫ぶかのように
行進を始めた 外へ外へと
そうして脳もはらわたもみな裏返って
忌み嫌うものへと変貌して往く途中で
一度だけ
薄水色のヒナゲシを
むしゃむしゃ食っている自分を見た


ひとつ 骨が残った
染み出している 時は 透明度が異なって
河底から湧く泉のように
辺りを揺らめかせ
円く 光を遊ばせる
すべて抜けてしまえば
たぶん 生は成就して
現実と創作の
境目は痕もなく奇麗に埋められる
メモリーカードを差し込まれた
ひとつの端末として


腕が窓ガラスを突き抜けた夜
わたしたちは裸のまま
深紅のオニゲシになった
闇から凝視している
盗むことで生活している人々が
血と同じ量のラム酒を飲んでいた
もつれる舌とからまる足で
踊っていた 立ち上がった蛙みたいに
三十年前 京都
死にかけた日にループして
見つめている
ひとつの骨に乗って
蜂と ヒナゲシと
ガラスの欠片を
破壊へと裏返るであろう恐怖の耳を塞いで
笹の葉に乗せ
逃がしてやる
弔うようないつくしみで
マムシに咬まれた
曇り空を湛えた瞳から
ドロリと 骨



               《骨:2017年9月9日》











自由詩Copyright ただのみきや 2017-09-09 19:05:41
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