夏石女
ただのみきや
影かすめ
ふり返り だれも
――夏よ
荒ぶる生の飽食に晒された石女よ
あの高く流れる河を渡る前に
刺せ わたしを
最後に残った一片の閃光をいま
仰向けに握った包丁のように
刺せ わたしを
そしてなにもかも忘れてしまえ
おまえが刺したのは圧制者
おまえが刺したのは略奪者
おまえが刺したのは嘲り蔑む者
無数の顔を持つたったひとりだ
おまえの穴だらけの影法師だ
理由を紛失した悲しみの
残りの糸をみな断って
ひるがえって笑え
千切れて飛び去る旗のように
ひとつの石が
おまえの夢を見続けるだろう
芯から亀裂が入るほど己へと固く閉じながら
遠く秋の篠笛 燐光の淡い指先で
頑是ない生の戦慄きを もう 摘みに来て
――さあ往け
天の浅瀬を走って渡れ
凍える気圏をひとり松明のように振り乱し
最後の小さな光片を
血に染まった守り刀のように
冷たくなった乳房におしあてて
渡って往け 愛しき夏 わが母なる石女よ
《夏石女:2017年8月30日》