わがままな水
草野大悟2

 佇んでいる。
 びたりとも動かない水だ。
 この夏、そんな水を見た。
 早朝、いつものように堤防道路をのったりと散歩している時だった。ぼくは、不意に気づいたのだ。音がしない! いつもの音がしない(あれっ、いつもの音ってどんな音だったっけ?)
 川を見た。
 青鷺が一羽、過去と未来が激しく交差して渦を巻く川の中央にすっくと佇んで、水を見据えていた。ここまでは、日常の風景だ。彼(あるいは彼女)が一心に見つめる水面に視線を移して仰天した。
 水が流れていない! 過去も未来も凝固している。
 そんな馬鹿な、と目を擦ってもう一度視線をこらした。
 やはり、動いていない。道理で静かなはずだ、とすんなりとは納得いかない。平素から常識人をもって任じているぼくとしては、どうしてもこの現実を受け入れることはできない。
 その時、そより、と風が吹いた。
 上空から聞き馴染んだトンビの啼き声が降ってきた。見上げると、大きな影が悠然と滑空している。
 視線を川に戻した途端、青鷺が飛び立ち、川が音をたてて流れ始めた。
 飛び立った青鷺の嘴には、過去という魚がしっかりとくわえられているのが分かった。


自由詩 わがままな水 Copyright 草野大悟2 2017-08-09 23:33:24
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