不愉快な手触りの街
ホロウ・シカエルボク


20時の路上で韓国タイヤに轢き潰された灰色ネズミが遺言のようにブルース
ショッピングモールの液晶ヴィジョンに映し出された若い殺人犯の既視感
民家の軒先にぶら下がる崩れかかったカラの蜂の巣は
ビル火災で逃げ場を絶たれた連中が飛び降りようとする姿に似ている
蜥蜴が昆虫を飲み込んで不味そうに顔をしかめる
蝙蝠のせいで街灯の明かりがまるで風にはためくカーテンのように揺れる
いつも前を通過するたびになぜか気になっていた工場の廃屋は
数年前に身元不明の男の首吊り自殺があった場所だと最近知った
わずかなアルコールは下らない話をたくさんカウンターに並べて
バーテンは見聞きするばかりの人生を嘆くように丁寧にグラスを拭く
古いフォーク・ソングはなわとびの歌を奇妙なくらい気真面目にうたい
路地裏に捨てられたアーリータイムスの小瓶を野良猫が弄ぶ
両腕だけを丁寧に隠した下品な女がホテル横の路地で
気の弱そうな旅行客を手癖足癖で誘っている
交番の前で汚れた自転車が投げ捨てられて横たわっている
繁華街のオープンスタイルのバーでハイソサエティ気取っている
妙なパープルのスーツを着た男の話声は少し大き過ぎる
隣に座っているファッション誌しか読んだことなさそうな女にはウケているようだが
高架の上を億劫そうに通り過ぎる普通列車は廃車になる夢を見ている
酔い過ぎて動けなくなった男が
階段に腰かけてうわ言のようにボブ・ディランを口ずさんでいる
悪趣味に飾り立てたピンク色の軽四が
コンピューターだけで作った性急な音楽もどきを大音量で流しながら走っていく
最近じゃ珍しくなった三本脚の野良犬が
スター・ウォーズの乗り物のように揺れながら公園の植え込みの隙間にもぐる
その公園のベンチで現代の学校教育の問題点を体現したような女子高生が二人
三途の川のほとりに居るみたいな目をしてカスみたいな煙草を吹かしている
隣りにある閉めた産婦人科の三階の病室から悲鳴のような声が聞こえた気がした
たぶん悪ノリして忍び込んだ連中が居るんだろう
先に聞いてくれれば機械警備があることを教えてあげられたんだけど
コンビニで酔ったサラリーマンが大声を張り上げている
韓国の役者のような背の高い男がウンザリにも飽きた様子でただただ
適当にご機嫌を取って帰ってもらおうと願っている
数人の若者の客は興味津々で
買物をするのも中断して陳列棚の陰から様子を窺っている
コンビニの向かいの年寄りが経営していた駄菓子屋は先週廃業した
メイン道路はあちこちで拡張工事が行われていて
精神異常者の脳味噌のように建築物と更地でまだらになっている
殺人事件があった一軒家の庭先で去年の七夕の飾りが
行き場のなくなった願い事を風に晒している
「パパとママがまた仲良くなりますように」と
隠すみたいに吊るされた短冊がただただ汚れている
自動販売機の前で飲料を選択しながら
こんなことが過去に何度繰り返されただろうと考えるとこめかみが泣いた
公衆便所の中で誰かが吐いている
毒でも盛られたみたいな懸命な調子だ
年代物のタイル細工の中でそれはまるで
ディストーション・ギターの強烈なうねりみたいな調子になる
台風が近づいている
ひどい湿気ところころと変わる空
手ごろなトラックを周回しているランナーのように時折吹く強烈な風
飲み干した缶コーヒーの後味はわざとらしくて
まるで流行のドラマの最終回みたいだった
ねえ君、この街はどうしてどこもかしこもこんな感じに煤けているのだね
スマートフォンのディスプレイがそこらで緩い反射を残すさまは
どういうわけかホロコーストを連想させてしかたないんだ
なにを飲み干しても潤う感じがしない
ただ夏がまたひとつ目を閉じるだけで





自由詩 不愉快な手触りの街 Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-08-04 22:35:41
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