源泉
葉leaf


この夏の澄んだ空気の中、あなたの墓前では、存在が、歴史が、社会が、人生が、すべて源泉に遡っていく。存在は素裸になって積み上げられ、歴史はその体躯をいよいよ明らかに投げ出し、社会はその緊密な構造を再び生み落とし、人生は素早く自らへ跳ね返る。あなたという源泉の前で私は新しい生を再び獲得し、これまでの生の層にうっすらと重ね合わせていく。連峰に囲まれたこの寺院にて、雑多に飛び交う世界の粒子たちは再び整然と並び立ち、明日や明後日を鋭敏に感覚し始める。

詩集に表れる詩人と、具体的な人格として表れる詩人とでは、鳴らす音楽の原理が異なる。詩人同士の継承は身体同士の交響でなされ、その交響の原理が詩集による様式の継承か、人格による実存の受け渡しかで異なってくる。あなたとの交響はいつでもあなたの息遣いと口ぶり、話す表情を伴っている。あなたの音楽はその強固な思想に貫かれた強いまなざしにより律せられ、私はその様式と実存をともに受信した。

あなたは死者ではなく物語となった。むしろあなたは生者として次々と新しい物語に変化していく繊細な変容体である。生き死にの彼岸で、あなたは純然たる物語として、日々創られ語られ翻訳されている。私もまたあなたの一つの物語なのかもしれないし、あなたもまた私の一つの物語なのかもしれない。そして物語はいつでも余白と余剰と謎を持ち、あなたもまた無数の大きな謎の交わる源泉として、私たちに今日も莫大に問いかけてくる。

あなたは大きく失われることで、さらに大きく獲得された。あなたの通過した風景、あなたの通過した精神の流れ、すべてが詩の形をとって読む者に生きなおされていく。あなたは消えていくことによってより大きなものを生み出していったのだ。あなたはこのようにすべての対立の彼岸にいて、確実な答えを無効にし、彼岸の彼岸のそのまた彼岸へとどこまでも超越していく。その超越の一瞬を捕まえて、私はあなたとあいさつしたい。たったひとこと「おはよう」でかまわない。


自由詩 源泉 Copyright 葉leaf 2017-07-28 12:44:29
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