昔の魚
やまうちあつし

子どものころ
友人の家に遊びに行ったときのことだ
リビングでTVゲームなどして遊んでいると
友人は思い出したように
家での仕事を忘れていたから
ちょっと地下室へ行ってくる、と言う
地下室という響きに興味をそそられ
ついていってもかまわないかと尋ねると
別にかまわない、と言う
   
地下室はコンクリートがむき出しの八畳ほどの部屋で
そこには部屋いっぱいを占めるほどの
大きな魚がいた
硬いうろこを持った古代魚のような姿で
水槽にも入れられずむき出しのまま
おとなしくそこに置かれている
友人は水鉄砲を取り出して
魚めがけて引き金を引く
「一日一度こうして湿らせないと
 干からびてしまうから」
なぜ地下室に魚がいるのか、とか
なんという種類の魚か、とか
正面切って尋ねることがはばかられるほど
友人は何も気にせぬ様子で
淡々と仕事を片付ける
あまりにも平然とこなすので
ご近所のどこもこのような地下室を持っていて
こうして魚を保有しているのかと思ったほどだ
なにか証拠になるものを、とあたりを見渡すと
硬そうな青銅色の鱗が落ちている
友人が片付けを済ませているうちに
私はそれをそっとポケットに忍ばせた
その後リビングでひとしきり談笑し
遅くなったから、と友人宅を出た

自転車に乗って帰る途中
私はポケットをまさぐり
友人宅の地下室から持ち出した
硬い鱗を取り出してみた
すると鱗はみるみるうちに色が薄くなり
やがて空気中に
すうーっと消えてなくなってしまった

だからこの話も
君に信じてもらえないかもしれない


自由詩 昔の魚 Copyright やまうちあつし 2017-06-19 11:33:03
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