ぼくはこのさきも花を育てることなどないだろう
ホロウ・シカエルボク




髪の毛でふざけるのに飽きたら
諦観をもってこちらにおいで
シャンソンはもう進化することはない
ただただ伝統のなかで呟いているだけだ


アンティークな森の向こうで遠雷が聞こえる
それはまるで
スクリーンを忘れたシアターのサウンド
ねえきみ、ぼくらの知らないところで、世界は
きれいさっぱりと滅亡してしまったのさ


今朝早く、ぼくらの胃袋を徹底的に侵攻した
珈琲の粉がキッチンでまだ自己主張している
じめついた雨のにおいも、そいつらが連れてくる空気も
かれらを黙らせることは決して出来ないのさ
それは細胞の奥まで染み込んでしまうんだ
言わば
具現的なライフ・スタイルってところだ
ねえきみ、まえにだれかに教えてもらったんだけど
かれらを鉢に入れると花がよく育つって本当かな
ぼくは花を育てたことがないもんでね


週末の街路は意固地に酔っぱらうひとたちでいっぱい
ぼくたちは地球の終わりのような時間をもてあそびながら
かれらが必死になってついている嘘を鼻で笑う
自分で作り上げる世界を持たないものに
おとずれる幸せなんてきっと全部にせものさ


猫はいまごろになってはっきりと目を覚まして
あそびあいてを探してそうぞうしい足音を立ててる
かれが求めている満足はとても貪欲なものなので
ぼくらはまったくかれに気づいてないふりをしてテレビのライブ・ショウを観ている
本気でだれかに観てもらおうとする番組からは
なつかしい歌ばかりが流れてくる


ねえきみ、いつか本当に世界が終ろうとするときに
ぼくらがこころから求めるものはなんだろう
ラブソングみたいなイデオロギーでなく
はたまたどこかの僧侶のような悟りの境地でもなく
あたりまえのぼくらがこころから求めるものは


雨がまたひどくなる
どこにも出かけて行かないぼくらにしてみれば
それはとりたてて問題にするような出来事じゃない
ぼくたちはちかごろまるで傘をさしたことがない
傘を持っているかどうかすらあやしいもんなんだ
雨なんてぼくらにしてみればどこかの政治家の後援会と同じで
あることは知ってるけどそれ以上のものではない


シャルロット・ゲンズブールがしばらくぶりに歌声を発したときの
センセーショナルなアルバムが紹介されている
彼女がテレビ・ショウで歌っているのを観たことがない
ぼくはそれをときどきとても観たいと思う
だけどそれは思い出しかけたメロディのように
一瞬のちにはどこかへ居なくなってしまう
歌がうたえるだけのシンガーや、楽器が弾けるだけのプレイヤーなんて
ねえきみ、もうたくさんだと思わないか
ぼくたちが求めたのはいつだって
それだけの音楽ではなかった


たったひとつの視点をよりどころにして語ることは
たしかに迷いのない行動ではあるけれど
たったひとつのものしか生み出せないことは明白なわけで
もしもそいつをどうにかしようとやりくりしたところで
単純ななりたちはどうにも出来ないのさ
週末の夜に
街路をうろついてる楽しげな酔っぱらいとおなじことさ


真夜中なのに、どこかの部屋のドアベルがけたたましく鳴っている
こんな時間にだれかを訪ねて来なければならないひとの事情というのはどんなものなのか
ぼくたちはひとしきり議論する
つまらないシンガーにあきあきしていたところだったから
それはちょっとしたゲームみたいで楽しかったんだ





自由詩 ぼくはこのさきも花を育てることなどないだろう Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-06-03 00:36:09
notebook Home