一人の女優に捧げる詩
ただのみきや

当たり前すぎることだから
素直に応じた
お椀に浮かべた麩のように
あなたはあなたに浸されている


――まるで 無い 
     ない みたい


家では
タツノオトシゴの溺愛
家庭は第二の子宮
疑う術のない頃から


学校では
殻も甲羅もないやわらかさを的に
まわりの子の礫が 易々と
楽しそうに 「気持ち悪い」と
虫の脚を捥ぐような無邪気さで


ああ纏足てんそく! 首長族のリング! 養成ギブス!
纏わされたもので歪められながら
皮を剥がれて赤裸になりながら
自分が悪いと感じることで逃れようとした
生き続けるためには
死にたい気持ちに慣れることが必要だった


自分とはなにか わからずに
自分なんかないと決め込んで
あなたは毎日 演じ続けた
子供を 大人を 男も女も
遠い国の女王
美しい歌姫
それがあなたの遊び
それが救い
赤く燃える空を
鴉の群れのように幾つもの仮面が飛んでいった
禍々しくはなかった
赤い涙が流れてもまだ見つめていた
あなたにしか見えないものを
夢と憧れはその血にまで溶け込みあなたを形作った


あなたは女優になった


演じる時にはあなたは演じ
役に成り切る まさに憑依!
演技が終われば いつものあなた
風変りと評された
ごく普通に振舞っていてさえも


ありがとう
あなたが狂気を演じ切ることで
わたしの閉ざされた狂気は軽くなった
あなたは代って表現してくれた
叫び方を忘れた者のため
鳴き方を忘れた鳥のため
かぼそい声を 嵐のように激しく揺らし
叫んでくれた いつも声を嗄らして
隠した言葉を
言えない言葉を
弱さも 恥ずかしも


あなたにそんなつもりはなかったとしても
あなたがただあなた自身のため演じたのだとしても
――ありがとう


十七歳の頃あなたの歌声に恋をした
多くの人と同じように ただその風変りさに
いま三十年以上の歳月を越えて
もう一度あなたに恋している
過去から少しだけ近づいて
あなたを見つめる数えきれない瞳の中の
六等星にも満たない 決して見えない
遠くで燃えているだけの




            《一人の女優に捧げる詩:2017年5月10日》











自由詩 一人の女優に捧げる詩 Copyright ただのみきや 2017-05-10 21:03:59
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