デリシャス・メニュー
ホロウ・シカエルボク



気もふれるほどの青い影だった
心許ない残響音と
歯軋りのようなわだかまり
鴨居の端から垂れ下がり
口笛を吹いていた
ああ、闇雲に祈る娘よ
透明過ぎるのだ、お前のその
偽りの在り方をまだ知らぬ声帯は
舌を軽く齧り
そこから流れた血で経をしたためろ
そうして初めて
祈りは光を求める
脆い鼓動を植え付ける
妖かし屋の息遣いを聞きながら
渇いた記憶と泥濘んだ未来を
手当たり次第にバックグラウンドに放り込んでいる
ひとつ下のフロアーで死神たちの饗宴
酌み交わす杯の音だけがクリックのように聞こえる
淑やかな聖者たちのためだけの朝と
浅はかなあばずれたちのためだけに設えられた夜
街路に漏れた祝福と、反逆が
肉ごと毟り取られた血管のように輝く兆し
修道女たち、火をつけられて逃げ惑い
敬虔な消し炭になる
報われぬ見苦しい男どもがそれを掻き集め
行き場のない隆起した陰茎を擦り付ける
己のそれが磨耗する音が
彼らには聖女の嬌声に聞こえる!
やがて馬鹿げた悦楽が終焉を迎える時
彼らの瞼は二度と
くっきりと開かれることはない
彼らの亡骸は用途のない沼に沈められ
墓石がわりに燻製した陰茎が残される
鴉が食らい尽くすまでは覚えていて貰えるだろう
細かな埃のような虫たちは食い物を求めて彷徨き回るが
先にも述べた一例のようにもう死体は人の集まるところにはおらず
仕方なしにやつらはそのうち
生きてる連中を食いにかかるだろう
やつらの姿は誰にも見えないので
原因として見つけられるまでにはかなりの時間がかかるだろう
そのころには世界の大半が赤黒く染まっているかもしれない
覚えておきなさい、本当の悪魔は
賑やかな音を立てながらやって来たりしないものだ
ところでしたたかな微睡みに無理矢理引きずり込まれる時間には
決まって腐肉の大地の上で飯を食う夢を見る
臭いのせいでまともに食らう気にならず
定まらない床のせいで落ち着きもしない
おまけに腐敗が進行するに従って萎んでいくので
一瞬でも慣れると言うことが有り得ない
低予算の恐怖映画のように絶えず揺らいでいる窓の外では
いたたまれない仕上がりの人間たちが殺し合いを繰り返す
やつらはさらに形がおかしくなって
しまいには腐肉が愚図る音が
どこから聞こえているのか判らなくなる
眠りから覚める頃には
あらゆる臓器が絞られたように拗けているのだ
台所で飲み干す水は人工物の味がする
さて、もしも俺が災いだと言うのなら
或いはお前がそうだと言うのなら
俺たちはいっそステンドグラスの前で
向き合って互いの目を抉り出そう
上手くそう出来たら千切れた視神経の末端を結んで
ふたつの目玉がぶよんぶよんとぶつかる音で永劫の時を刻もう
ぽっかりと空いた眼窩は窓から差し込む色とりどりを
ひとつ残らず飲み込んで
そしてずっと記憶しているだろう
砂浜には骨の欠片が無数に散らばっている
波はそいつらを
果てしなく食らい尽くすやりかたを知っている
墓標に刻み込まれたあいつらの名前は
何故あんなにも煌めいて見えるのだろう?
祭壇で憐憫が見事な花弁を開き
たちのぼる煙は緩やかな戦慄をなぞるようだ
もうそれ以上どんな痛みもないことを知ったとき
俺たちの亡骸を神は頭から食らうのだ



自由詩 デリシャス・メニュー Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-05-04 15:58:11
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