ガラパゴスの雨
ただのみきや

雨の幕間に耳目を伏して
乾いた水脈を手繰るように


生命の中核へ
堅い樹皮を穿つように
かつて滾り迸ったもの
跡形もなく
洞に ただ
ぬるく饐えた匂い


記憶――暗愚な夜
時折すっかり精の抜けた幻が
見知らぬ霊のよう
淡く闇を濁して


桑を齧る蚕のように
青く病んだ葉ばかり
むやみに食らい続けた
黒々とした水牛の角を持つものへと
だが言葉は剥離し続け
苦悶の抜け殻ばかり
 風に鳴っては 
    すぐに 砕け
空虚なリアリズムの歩行
乾いた笑いの白骨だったが
それすら見てくれを気にしていた


夢の羊膜を脱ぎ捨てる度
置き去りにされる脆弱な裸


枯葉の舟で渡って往く
過去からも未来からも亀裂が入り
育ち過ぎた疑念は揺籃からはみ出して
あたまごともげ落ちて海へ沈んだ
火山のように裂けて
「かつて」は逃げた島のように自我の外洋へ
新たな名づけを求めて喘ぐ
曖昧から曖昧へ
移動する朧な霊よ
雲間の冷たい上弦をなぞる
早すぎた蛾の孤独なふるえ


結ぼれたものを解くように
振舞うことに酔い痴れながら
なにも解かずに
煙の歩みを少しだけ
ただで拾った小壜に押し込める
その名付けの心地よさに
  溺れて
    惚けて
      貧しさ忘れ


金色のあたまひとつ転がって
沸々としながらなにも生み出せない
――定義が
石の獣が口を開く
おまえの中でレコードが回り出す
同じノイズで舌を痺れさせ
不安の仔を寝かしつけると
おまえは鎧のサイズに自分を押し込めた
だけど白い指が胸を掠める時には
女のように愛撫される時には


傷口を塞がれたまま
鷹のように螺旋に墜ちて往けばよい
腐臭をたなびかせ内へ内へと
突き破る奈落の向こう
宙ではたぶん月
亀裂に覆われながら
死の胎から睥睨する
退行の果てに分裂を繰り返し
幾つにも像がぶれて重なった
老いた卵
生命の内壁に穿たれた黒い穴


伏せた盃を元に戻す
時代の上澄みを啜って
顔をしかめたのか
もう そういう顔なのか
学生たちの傘が斜めに行進する
幼さを色とりどりにラッピングして
目はその後を追いかける
わたしの幽霊は若さを憎んだ
仇のように継母のように乱れ愛しながら


ガラパゴスの時間は止まっていない
充分なほど
変わらない己を旅していた
歴史よりも永く太陽系より広く
鈍重な歩みで死に往く生を体現しながら
空と海の間 
色とりどりの傘が咲き乱れ
飛ばされて往く――時の疾風よ
狂った秒針の苛立ちの中
    水晶のような安らぎ
        よだれたらして




              《ガラパゴスの雨:2017年4月19日》











自由詩 ガラパゴスの雨 Copyright ただのみきや 2017-04-19 22:22:00
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