たまごの記憶
梁川梨里

ぽんと音がするんだ
今月は左の卵管だったよ

ツルツルと肌触りのいい
ご飯にきっちりと載るようなたまごなら
もっとわかりやすく慈しめるかも
しれないのに、僅かな時間で排泄される液体のたまごはなぜ赤い色で
下着を汚すのか
凝固しない赤

きみを向い入れるために
用意していた部屋ごと、うわあうわあと下る(くだらない)下る

/10001000010g、大きいほうですね
(まだうまれないおおきさだ)
/何週ですか/110001週です
(わたしはにんげんではないものをうもうとしているのか)

月が下るたびに生まれなかった
子どもが呪いの夢をみせる
たまごに意識があるなら
分裂したい、と
食べられたい、の
どちらを祈るだろう

捨てられることに慣れすぎて
うんであげられないことへの懺悔なんて微塵もなく、毎月ばかみたいに鬱々と落ち込み、腹痛もしくは頭痛と共にナプキンを大量に消費するめんどうくさいだけのおんなのからだ

最後は黒いビニール袋に入れ、きゅっと締めて燃えるゴミの日に出す
密やかに手早くあなたの部屋から排除される
二度目の排除だ
たまご、たまご、まごまごしていると
清掃車が来てしまう、早く首を絞めるんだ

もしかしたら生きているかもしれない
微かな生に最後のとどめを無意識に打ち、もう、たまごのことはきれいさっぱり忘れている

月の満ち欠けになぞらえた
二十八日のうちの五日を血まみれの下半身は
黒い日とした

/十二日を過ぎても高温期が続くようだったら受診してください/

不妊治療のまな板の鯉は今月もまたタイミング着床なんとかに合わせて筋肉注射を毎月何本も打つと薬まみれはたまごに刺さり、厚みを増したベッドに綱渡りのような角度でぶら下がり分裂をはじめた

/せいこうしました
白日の下
ぽんと鳴ることはなかった

徐々に乗っ取られたからだはもうたまごではないものを産み出す頃には、息も絶えだえにばったりと仰向きになり 前にせり出した腹をよくよく見れば奇怪な蛙な腹を かわいいと撫でる狂気をおんなは殻に隠し持っている

わたしがたまごだった頃
母はまだいなかった
母のたまごはわたしになる前に
呼び戻され、息をした
海亀の涙ほどに
出てくる先は収縮し
つるんとぬけた白い膜を纏ったきみの
無防備なはだかに
巻かれたタオルがこんどの世界の住処だ



自由詩 たまごの記憶 Copyright 梁川梨里 2017-04-17 22:26:41
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