風土
白島真
父、母からの生に自立して
もう己自身がひとつの風土だ
と書いた北の国の詩人がいた
東京育ちのわたしにとって
風土とはどのような意味をもつのだろう
解体され記号化されてゆく現在に
立ちすくみ抗うように
風土はそこに在るものだろうか
戦後の均された住宅街で生きたわたしにも
東京の原風景のような記憶はある
アメリカザリガニ、手掴みで捕えたあの風土
庭の好きだった無花果を伐採されたあの風土
2Bで缶ピースの兵隊蟻、爆破したあの風土
プラモの戦艦三笠、盥の中で沈めたあの風土
背丈より高い菜の花畑を母と通ったあの風土
駅裏の暗い雑貨屋で和独楽を買ったあの風土
銭湯横の野原、町内交流映画上映のあの風土
いま全ての風景は消滅し
記憶の中で七行の風土はそそり立っている
しかし風土が失われたというとき
わたしの眼と口は寡黙な扉となる
近代化した建物の硬い鋼材を爪で掻き
大量消費社会という言葉の皮を剥がしていく
季節には季節の花が開花するように
近代を容易く受容した土壌そのものが
わたしの東京 わたしの風土
造花に絡めとられた己自身の姿であった
本の中のあなたがたの風土なら知っている
そこにはわたしの部屋もあって
帳簿を抱え老獪な薄笑いを浮かべた官僚や
逆さまに花を植える子供らが出入りしている
いま東京をすて、小さなこの地方都市で
扉を開け新たな風を入れ土に触れる そして
風土を肉化する晩年という時間が来ている